第1回【インパクトファイナンスの変遷と今後の拡大に向けての課題】
1.インパクトファイナンスの 歴史的背景と発展の経緯
インパクトファイナンスとは、投資や融資といった金融活動を通じて、社会や環境にもポジティブな成果(インパクト)をもたらすことを「意図し」、同時に財務的リターンも追求する、21世紀型の資本運用の考え方です。従来の社会的金融(寄付やCSR、フィランソロピー)とは一線を画し、「サステナビリティ」や「社会変革」を事業性と統合する点が最大の特徴です。
2000年代初頭から、グラミン銀行などマイクロファイナンスが社会的インパクトとリターン両立の先例として成果を示し、欧米の年金基金や財団、国際機関も実践を加速させました。その後、「社会的・環境的なインパクト(成果)を意図的をもって追求する」という考え方がグローバルで本格的に議論され始めたのは、2007年、ロックフェラー財団が「インパクト投資」という言葉を提唱し始めてからで、英国や米国を中心に、社会的企業への投資ファンド(Acumen Fund, Bridges Fund Management等)が設立され、徐々に金融業界全体に広がっていきました。
2010年代に入ると、英国政府がSocial Impact Bond(SIB)という成果連動型ファイナンスを導入し、投資による社会的インセンティブの仕組み化を推進。米国でもメロン財団、フォード財団、ゲイツ財団といった巨大ファミリーオフィス・財団が「システムチェンジ=社会構造そのものを変革するための投資」に多額の資金を投下し、インパクト評価指標(IRIS+等)の標準化も進展し、インパクトファイナンスが広がって行きました。
2015年のSDGs(持続可能な開発目標)以降は、「インパクト」という視点がESG投資の進化形として注目され、ESG債(グリーンボンド、ソーシャルボンド、サステナビリティリンクローンなど)市場が拡大し、「インパクト考慮」はグローバルな資本市場全体で欠かすことのできない視点となってきました。
• 参考:The GIIN: Roadmap for the Future of Impact Investing:
https://roadmap.thegiin.org/
• 参考:OECD Impact Standards for Financing Sustainable Development
https://www.oecd.org/en/publications/oecd-undp-impact-standards-for-financing-sustainable-development_744f982e-en.html
2.インパクトファイナンス・マーケット規模
■ マーケットの拡大と新たな担い手
インパクトファイナンスの市場規模は、2010年代半ばから爆発的に拡大しています。GIIN(Global Impact Investing Network)の推計では、2015年時点で約1,350億USDだった世界全体のインパクト投資運用資産(AUM)は、2024年には約1.57兆USDまで成長し、この10年で、ほぼ10倍という驚異的な伸びを示しています。
成長を支えているのが、伝統的な金融機関だけでなく、前項で言及した「ファミリーオフィス」や企業財団など新たな担い手の参入です。たとえば英国のエレン・マッカーサー財団(Ellen MacArthur Foundation)は、サーキュラーエコノミー(循環経済)推進のために数十億円規模のインパクトファンドを組成し、グローバルなパートナーシップを形成しています。直近では、米国や欧州において、巨大の資金を運用する財団が「システム変革(System change)」に向けたファイナンスを牽引し、マーケットのスケールアップが続いています。参考:
The GIIN Sizing the Impact Investing Market 2024
https://thegiin.org/publication/research/sizing-the-impact-investing-market-2024/
The Current State and Challenges 2023 of Impact Investing in Japan FY2023 Survey
https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/gsg-2023_en.pdf
Ellen MacArthur Foundation
https://www.ellenmacarthurfoundation.org/annual-impact-report-2024
■ 日本におけるインパクト投融資市場と課題
一方、日本では2016年時点でのインパクト投資残高は約337億円と、世界と比べ桁違いに小さな規模にとどまっていました。しかし2020年代に入り、金融庁や民間金融機関、ファンド運営会社がSDGs債・グリーンファイナンスも含めて数値を公表するようになり、2024年には約1.73兆円に急拡大。ただし、その多くはラベリング商品の拡大や、インパクト評価の厳格性が欧米に比べて相対的に緩やかなケースが多い点も指摘されています。
ここで重要なのは、「インパクト投資」や「インパクトファイナンス」と呼ばれる残高の中身が、
1)本当に意図的なインパクト創出を狙っているか、2)追加性があるか、3)インパクトが測定・報告されているか という点です。
欧米ではこの「意図+追加性+測定」の3要素が厳格に求められますが、これに対し、日本では「社会的意義を持つラベリング商品」(例:グリーンボンドの用途融資やESGテーマファンド)も多く集計に含まれているため、単純比較は過大評価や誤認のリスクがあります。市場規模を単純比較すると過大評価・誤認のリスクもあるので、注意が必要です。
参考:SIIF インパクト投資市場規模調査
https://www.siif.or.jp/information/54496/
参考:GIIN
https://thegiin.org/publication/research/sizing-the-impact-investing-market-2024/
3.インパクトファイナンスを今後拡大する上でのグローバル課題
■ インパクト評価の方向性
世界のインパクトファイナンス業界がいま最も直面している課題は、「本当に意味のある社会的・環境的インパクトを可視化し、厳格に測定・説明できるかどうか」です。
インパクト評価の国際標準(GRI、IRIS+、IMPなど)は進化を続けていますが、実務レベルではKPI(主要成果指標)設定の難しさ、企業やプロジェクトごとの多様性、第三者検証コストの高さなど、課題が山積しているのが実態です。
GRIスタンダードの構成と改訂の主なポイント
(東証サイトより一部抜粋)
特に近年は、欧州のCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)やISSB(IFRSサステナビリティ開示基準)など、「非財務(サステナビリティ)情報開示の義務化」がグローバルなトレンドとなっており、資本調達側にも高い透明性とエビデンスベースのインパクト報告が求められる時代になりました。
2025年第2次トランプ政権発足後の反ESGの影響を受けながらも、実態としては、「非財務情報開示」の義務化は進展しています。これは単なる「良いことアピール」や「ラベリング」だけでは済まず、社会的価値創出が実際にどの程度達成されているのかをデータで示す責任を意味しており見せかけだけの取り組みでは評価されない時代に入ってきていることを示しています。
また、世界全体の脱炭素社会への移行、女性・マイノリティ、人種や地域間の貧困・不平等の是正といった「システムチェンジ」領域では、必要な資金規模も巨額であり、当然のことならが、単一のファンドや企業だけで社会課題を解決できるものではありません。政府、自治体、企業、NPO、財団、金融機関が一体となった「官民協働」や「市場形成型アプローチ」が不可欠です。
そのため、欧州グリーンディールやJust Transition Mechanismのように、規制・政策誘導と民間資本の組合せ=ブレンデッド・ファイナンスが急速に拡大しています。
日本でもインパクトコンソーシアムやSIIF、GSG Impact Japan、金融庁が中心となり、共通フレームワーク策定や国際連携を進めていますが、国内においては、先進欧米地域と比較して、依然として「インパクト評価」「追加性の厳密な確認」「重複やウォッシングの排除」など実務課題は残されています。
参考:
Impact Management Platform
https://impactmanagementplatform.org/
GRIに関する東証サイト:
https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/disclosure-framework/05.htmlCSRDについて解説(KPMG ):
https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2024/08/sustainable-value-csrdesrs.html
GSG Catalytic Capital for System Changeに関する課題:
https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/gsg-2023_en.pdf
4.なぜ今、インパクト・ファイナンスが急速に注目されているのか――その時代背景
インパクトファイナンスが世界的な注目を集めているのは、単なる一時的な流行ではありません。気候変動、パンデミック、地政学的リスク、格差の拡大など、従来の金融資本主義がもたらしたといえる格差拡大や不公平感といった社会課題が、多層的・複合的に表面化していることが背景にあります。特にコロナ禍以降、「経済成長と社会的価値の両立」を求める要請はかつてなく強まり、今やインパクトファイナンスは「新しい資本主義の柱」として政策・金融・企業戦略の中心に据えられつつあります。。これは、単なるESGや社会貢献型投資の枠を超える「金融の根本的役割」への問い直しと社会からの期待があると私は受け止めています。
成長と社会的価値の創出を「両立」させることが、資本市場における新たな時代の要請となった基点には、2015年に採択されたSDGs(持続可能な開発目標)やパリ協定があります。これにより「官民を問わず、すべての資本の社会的価値創出への動員」を促す国際的ムーブメントが始まりました。