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地球温暖化の真実と化石燃料からの卒業(第2回)

世界の二酸化炭素排出削減目標達成の現状と対策
 現状、世界の排出削減ペースがその削減目標に全く追いついていません。平均気温の上昇を1.5℃に抑えるためには温室効果ガスを大幅に削減し、2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにすることに加えて、メタンガス等の排出も大幅に削減する必要があります。一方世界各国で実施されている政策は、必要な排出削減に程遠い水準です。現状の政策だけでは温室効果ガスの排出を一定に保つ程度です。ただし、各国は削減目標を掲げていますので、まだ実施されていない政策が実行され目標を達成した場合にはベストケースとしてなんとか気温上昇を2℃に抑えることができるかもしれません。しかし気温上昇を1.5℃に抑えるまでの目処は立っていません。また、各国の削減目標の達成も予断を許しません。たとえば現在米国は民主党政権ですが、仮に次の選挙で共和党政権となれば従来の気候変動政策が翻るリスクをはらんでいます。

第2回_01〔IPCC AR6 SYR, Fig.SPM.5a)より引用、訳・注は引用者による

 排出削減の手段は複数存在しており(下図参照)、その大部分は比較的安価です。特に太陽光や風力による発電においては、対策を講じる方が講じない場合に比べてコストが下回る部分が大きいです(マイナスコスト)。エネルギーの需要方面では車・家電や照明の効率化や、公共交通機関や自転車に乗ることなども同じくマイナスコストで削減効果があります。森林伐採などの生態系破壊の抑制のためのコストは二酸化炭素1トンあたり20ドル以下ですが、たとえば欧州の排出権価格が80ドルほどですから、森林伐採を抑制するコストは非常に安いということになります。このように経済的観点からは導入することによりコストメリットのある対策であっても、実施されていないことが沢山あります。

 

第2回_02

〔IPCC AR6 SYR, Fig.SPM.7a〕より引用、訳・注は引用者による

 

 ここに私達のこれからの「選択と行動によって将来の世界が決まっていく」という図があります。横軸が時間、縦軸が気候レジリエントな開発です。脱炭素化の転換が進み、新興国や発展途上国も化石燃料を使わずに経済発展を目指していく、すなわち持続可能な開発を常に選択していけば平均気温の上昇を1.5℃以内に抑える可能性が残されていると言えます。一方で分岐点において都度間違った選択をすると、その後にどんなによい選択をしても1.5℃までの上昇に抑える道には進めなくなるということをこの図は示唆しています。持続可能な方向になるような選択を常にしていかないと、もはや1.5℃に抑えることが不可能になり、気候リスクが低く公正な社会を築く道が閉ざされてしまいます。 

第2回_03〔IPCC AR6 SYR, Fig.SPM.6〕より引用、訳・注は引用者による

 人類にとって世界の脱炭素化への転換および気候変動影響への適応は、実行しないままでは状況が悪化するだけでから、早急に実行に移した方がよいのです。気候変動による様々な影響が抑えられるだけでなく、大気汚染も減少します。また断熱性の高い家に住み、健康的な食事をして人々は健やかに過ごし、順調にいくと公平性も改善していきます。人類はこのために必要な資金も、技術の大部分も持っているのです。今すぐに舵を切らないと実現不可能になってしまいます。人類全体にとって、すぐに実行しない理由はどこにあるのでしょうか。

 それにもかかわらず、現状は脱炭素化への転換スピードが十分でなく、対応への投資もまったく足りていません。インフラや社会システムが化石燃料への依存パターンから抜け出せていません。この変化は、脱炭素の敗者を生み出さないように配慮して進めなければいけません。目標達成に向けた幅広い合意ができなければ社会の変革は出来ないのです。そして誰かを取り残したまま脱炭素化を進めるのは本末転倒だといえます。結局、この合意のための調整に時間がかかってしまうので、必要なスピードで変化が起きていないのが現状だといえます。 

日本の二酸化炭素排出削減目標達成の現状と対策
 これまでは世界の話をしましたが、次に日本の削減目標についてお話します。日本は2050年に脱炭素化を目指しています。その中間目標として、2030年には2013年比で46%削減を目標として設定しています。しかし、世界レベルで2050年にネットゼロを達成するために、先進国には2040年までにネットゼロを実現して欲しいとグテーレス国連事務総長は要求しています。日本は大胆な目標を設定したと思っていましたが、2040年にネットゼロを実現するには不十分です。

第2回_04(出典:環境省)「2020年度の温室効果ガス排出量(確報値)」および「地球温暖化対策計画」から作成

 日本は2030年までに最低でも46%の削減を目標として設定したのですが、これに我々国民はどのような姿勢で取り組んだらよいでしょうか。気候変動に関して2015年に世界で一斉に行われた社会調査があります。その結果によると、日本人は気候変動対策に後ろ向きな傾向がはっきり出ています。世界平均では60%もの人が排出削減などの温暖化対策が生活の質を良くするものと考えていますが、日本人は27%弱の人しか同じように思っていません。日本では温暖化対策とは、暑いのにクーラーをつけると温暖化に繋がるのでそれを我慢するなどのイメージがあり、対策を講じることで生活の質が悪化すると大多数の人が思うようなのです。また再生可能エネルギーを増やすと電気代が高くなり、負担を強いられるというイメージもあります。自分たちの生活の快適さや便利さを犠牲にして地球にいいことをしないといけないと思い込んでいる部分があります。一方で、世界の人たちはなぜかもっと前向きで、気候変動対策が生活の質を高めると考えている人が約66%もいます。

第2回_05

 脱炭素化はしぶしぶ努力して達成できる目標ではありません。そして節電だけでは排出量ゼロは達成できないのです。目標達成には社会の「大転換」が起きる必要があるのです。これは英語で言うと「トランスフォーメーション」です。「大転換」とは、社会の仕組みの変化を意味しています。これまでの社会のルールが変わり、技術やインフラ、産業や消費のあり方なども変わるということです。それにもまして必要なことは、人々の常識の変化です。これまで歴史上の大転換が起きたのは例えば、産業革命や奴隷制廃止をした時などです。これらにより人々の常識が変ったといえます。今の一般的な常識で考えると奴隷制度を行うのはひどい事だ、ということになりますが、それは常識が当時とは異るからです。今の社会ではエネルギーを使うことで二酸化炭素が出るのは仕方がないというのが多くの人にとって常識だと思いますが、将来は二酸化炭素を出さないことが当たり前、つまり新たな常識となってくるべきです。そして未来の人が、『昔の人(我々)は、よくそんなに二酸化炭素を平気で出していましたね。ひどかったですね』と言うことでしょう。そういった種類の変化が必要なのです。 

 奴隷制のことは詳しくありませんので、身近に起こり自身で目撃した大転換の例として「分煙革命」を取り上げたいと思います。今から30年ほど前は比較的どこでもタバコを吸うことができました。今の常識では信じられませんが、会議中の喫煙ですら当たり前の時代でした。転換の背景として何があったかを紐解いてみると、受動喫煙による健康被害の医学的立証がされた事が大きな要因と言えます。ここでは科学がその役割を果たしたのです。市民のムーブメントとして嫌煙権の訴訟などもありました。おそらくそれらが後押しとなり、また国際的な流れもあり、2003年に健康増進法が施行され、今では受動喫煙の防止が義務化されています。その結果、現在では分煙・禁煙を導入する飲食店が主流となりました。ファミリー層をターゲットとしているお店ではむしろ禁煙の方が多くのお客さんが来ることも判りました。喫煙に対するこれまでの常識に変化がおきたのです。人は自分が興味をもっていないものでも新しい常識にいつのまにか従うものですので、温暖化や気候変動対策も同じような流れになると良いと思っています。 
   
 同様な話で、90年代後半にCOP3で京都議定書が合意された頃と、2015年にパリ協定が合意された以降の現在を比較すると、パラダイムが変化したという見方があります。京都議定書合意の頃は、国同士は気候変動対策の経済的負担の押し付け合いをしていました(下図参照)。他の国に削減してもらうべく政治的かけひきで交渉をしたわけです。一方パリ協定合意後の現在では技術の変化という新しい要素が出てきました。以前は再生可能エネルギー(再エネ)や蓄電池はコストが高かったため、増やそうとすると確かに経済的負担になりました。今日では安い再エネや安い蓄電池が存在するため、それらを増やせば排出はどんどん減りますし、しかも儲かる、つまりビジネスの機会になってきているのです。負担の押し付け合いがゲームのルールだった時代から、ビジネス機会の奪い合いが新しいゲームのルールとなりました。例として中国を見てみると、世界で最も太陽光パネルや電気自動車用バッテリーを輸出しており、まさにビジネスの機会を貪欲に取りに来ているようにみえます。日本企業もようやくこのパラダイムシフトに気づいたというところでしょうか。

第2回_06

化石燃料文明からの卒業
 人類は「化石燃料文明」を卒業しようとしています。脱炭素と表現すると達成するのが難しく感じますが、卒炭素と思えば自然なことに思えるのではないでしょうか。学校に入ったら卒業しますよね。同じように今の文明を卒業して次のステップに進みましょう、というのが私の主張です。ここでも常識が大きく変わっています。少し前までは有限資源である化石燃料が枯渇する心配をしていましたが、最近は、「化石燃料は沢山余っているけれど、使うのを止める」ことを目指し始めました。そうしないとパリ協定の目標を達成できないからです。

 まだ資源があるのにそれを使わないなんていうことが本当に起きるのか、という疑義があるかもしれません。その答えとして参考になるのが、元サウジアラビア石油鉱物資源相のSheikh Ahmed Zaki Yamani(アハマド・ザキ・ヤマニ)氏の次のような言葉です。「石器時代が終わったのは石がなくなったからではない。」つまり、青銅器や鉄器ができて、そっちの方がずっと良かったから、人類は石器時代を卒業したのです。同じように、化石燃料よりもずっと良いエネルギーのシステムを手に入れれば、人類は化石燃料文明から卒業するでしょう。既に世界では太陽光発電や風力発電が化石燃料による発電よりも安い地域が増えてきているので、人類は今こういった方向に向かっていると思います。しかし、1.5℃で温暖化を止めるにはあと30年ほどで卒業する必要があり、今は変化のスピードがそれよりもまったく遅いため、これからもっと加速させる必要があります。この問題を理解した多くの人が変化を後押しして、加速することに参加して頂きたいです。

東京大学 未来ビジョン研究センター教授
国立環境研究所 地球システム領域 上席主席研究員 
江守 正多