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気候危機と最近のサステナブルファイナンスの動きー企業に求められている事は何か?(第3回)

第3回 

今回は、生物多様性に関する動向について述べる。

 2019年末に発生したCOVID19は、大半の国民がワクチン接種を2回終えた欧米においても2022年1月現在において変異株であるオミクロン株が蔓延し収束の目処がなかなか見えない。

 

 COVID19によるパンデミックにより世界各地を自由に往来できる社会は一変し、世界の社会経済を支える物流への影響も多大である。その様な中、2020年IPBES(The Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)より、COVID19 と生物多様性に関する興味深いIPBES「 Workshop Report on Biodiversity and Pandemics(仮訳:生物多様性とパンデミックに関するワークシップ報告書」が出された。
参照:日本語版概要版・環境省
https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/presentation/jp/11301/IPBES-pandemics-briefingslides-j.pdf


 この報告書によれば、パンデミック危機は、①人為的な森林伐採や大規模農業等の土地利用や野生生物取引拡大による生物多様性喪失と深く関連性があること、②世界の人々の健康維持のためにも生物多様性確保が欠かせないこと、③気候危機と相俟って生物多様性喪失が今後もパンデミックを引き起こす要因となること、が書かれている。更に、パンデミック発生後に対応を行うよりも、将来のパンデミック発生に備え、生物多様性確保等の対策を早急に講じた方が年間推定312億ドルと2桁費用が少なくなることから、今後は、生物多様性回復を意識したパンデミック予防策が不可欠であるとしている。

 また、2021年3月WHOからCOVID19の起源に関するレポートが出されたが、この中でも生物多様性との関連に関して記載がある。
出典:
https://www.who.int/publications/i/item/who-convened-global-study-of-origins-of-sars-cov-2-china-part


 SDGsウエディングケーキモデルにおいて人間の社会経済生活は生態系維持を基盤に成立していることが示されているが、プラネタリーバウンダリー理論によれば、気候危機以上に、生態系が既に危機的状況にあることが示されている。

 生物多様性の現状について2020年WWFから出された報告書から抜粋、紹介する。
この報告書によれば下のグラフに示す様に過去50年で脊椎動物(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類)の個体数は68%減少している。


図_第3回_1
 日本でも、年々、漁獲量が減っているニュースを見聞きしている人は多いはずだ。
厳しい予測ではあるが、複合的な取組により回復が可能とのシナリオも出されている。


図_第3回_2

図_第3回_3

出典:上記図1,2共に https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4402.html

 

 日本においては「戦略計画2011-2020・愛知目標」を策定、取組みしていたが、2021年に公表された「地球規模生物多様性概況第5版」を見ると、20目標のうち部分達成が6、完全達成はゼロとなっている。政府及びビジネス関係者がすべきこと及び人間が生活する上で必須の農水産物に関する目標についての現状を見ると残念な状況だ。

 

図_第3回_4

図_第3回_5
図_第3回_6
また、生物多様性に関しては特に最近マイクロプラスチックによる海洋汚染や動植物の種の多様性喪失について関心が高まっているが、その状況も深刻だ。

図_第3回_7

図_第3回_8
参考:
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/library/files/gbo5-jp-lr.pdf


 生物多様性に対する取り組みはだいぶ前に始まったにもかかわらず未達成が多い理由として、2018年3月公表されたIPBES「土地劣化と再生評価報告書」に記載されている「世界規模の消費と生産システムの分断」は重要な示唆ではないかと考える。
参考:
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/ipbes/national_activities/symposium201811/files/LDR_yamagata.pdf


 地球温暖化要因である人為的活動の一つ一つは小さな事であっても、消費者である一般の人々の関心の低さや知識不足、また企業による大規模な経済活動が長期的に行われた結果、気がつかないうちに気候危機を引き起こしている。IPBESの報告書は同じ状況が生物多様性喪失にも起きている事を示しているのではないか。先のWWFによる回復可能性シナリオにおいても「企業の生産体制の見直し」と「消費者の行動」が重要なカギとなっていることが示されている。

人間生活に便利な化学製品利用による生物多様性喪失への影響

 

 焼却炉から排出される大気汚染物質のダイオキシン類は、生物多様性喪失の要因のひとつである。また、亜鉛精錬の需要の高まりで排出されたカドミウムは、明治時代から昭和時代にまで長きにわたりイタイイタイ病など深刻な健康被害及び農水産業に甚大な被害をもたらした。

参考: https://www.pref.toyama.jp/1291/kurashi/kenkou/iryou/1291/100035/virtual/virtual02/virtual02-2.html

 

 近年海外で使用禁止が広がっているネオニコチノイド系農薬により自然生態系への深刻な影響が出ていることは、世界的にベストセラーになった「ハチはなぜ大量死したのか」(日本語版2009年初版)にも著されている。国内利用は欧州と比べ緩やかな制限に留まっているが、これに関しては、自ら対策を講じ安全な食品を販売する生協があるほか日弁連からも提言が出されている。

 

図_第3回_9
参考:四つ葉生協
https://yotsubacoop.jp/safety/neonicotinoid/


図_第3回_10
出典:日弁連提言
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2017/opinion_171221_2.pdf


 近年のM&Aにおいて、生物多様性に関わるESG視点により企業評価が激減した事例として、バイエルによるモンサント買収がある。モンサントは、遺伝子組み替えによるFI種の開発販売により伸びた企業であるが、同時に自社開発種に有意な農薬開発を推進するビジネスモデルにより二重に成功した企業である。しかし、バイエルがモンサント買収を2016年公表した後、本買収に関する株主訴訟も起き、2021年末時点の株価は半分以下に下がっているほか、同社の除草剤「ラウンドアップ」による発癌性をめぐる民事訴訟では、2020年6月には109億ドル(当時の為替換算で約1兆1600億円)を支払う和解となった。今後、企業のM&A案件を検討する際の事前DDにおけるESG視点の重要性は益々高まるものと考える。、
参考:
https://media.bayer.com/baynews/baynews.nsf/id/Bayer-announces-agreements-to-resolve-major-legacy-Monsanto-litigation


3R取組加速化の必要性

 日本では、「大量生産・大量消費・大量廃棄」型経済社会から環境負荷が少ない「循環型社会」を形成することを目的に2000年6月に循環型社会形成推進基本法が公布された。これによりReduce/Reuse/ Recycleの頭文字をとった3Rの推進が掲げられてきたが、日常生活や経済社会において、相変わらず便利さや効率性が優先されてきた実態がある。
 しかし、先に述べた生物多様性喪失の危機的状況が顕在化してきた今、改めてこの取り組みを真剣に進める必要性が高まっている。
 中でも、便利なプラスチック利用とそれに伴う大量の廃棄物、またマイクロプラスチックによる海洋汚染は以下の図に示すように深刻な状況である。

図_第3回_11
出典: https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/html/hj20010103.html


コロナ禍で、世界的に外食制限となり、デリバリーが急増しプラスチック利用が増えたとの報告もあり、一般消費者の認識の向上が尚一層求められている。

日常の食品消費やフードロス問題との関わり

フードロス問題も、生物多様性と深く関連している。2021年2月に公表されたレポートによると、大量消費を前提としたフードシステムが、生物多様性喪失に影響を与えているとされている。

図_第3回_12
上記のグラフは、世界の哺乳類に占める人間の比率及び、鳥類全体に占める食糧用に飼育されている鳥類の比率である。

図_第3回_13
上記のグラフからは、地上の半分が農地利用され、生態系喪失の要因となっている事が示されている。
出典: https://www.chathamhouse.org/2021/02/food-system-impacts-biodiversity-loss


 また、グローバル企業が、農作物の多様化よりも一部の特定の農作物の種に特化している事も食物の安全保障を考える上で課題となることも予想される。例えば、日本の伝統食品である豆腐や醤油の原料である大豆は殆どを輸入に依存しているが、それが特定企業の種子であることをどう考えるかである。

図_第3回_14
図_第3回_15
Access to Seeds Benchmark
https://www.accesstoseeds.org/app/uploads/2019/06/Access-to-Seeds-2019-Index-Synthesis-Report.pdf


 一方で、世界では飢餓に苦しむ人が8億人以上いるといわれる中、2021年オリンピック開催時においても大量の食品廃棄が報道されている。
 現在においても主流となっている「大量生産・大量消費・大量廃棄」を前提としたフードシステム全体の早急な見直しが必要であると同時に、以下に示したグラフからも判る様に、“モッタイナイ精神”を発揮し、このテーマにおける消費者一人ひとりの意識向上も肝要である。


図_第3回_16
出典:農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/161227_4.html#1

 

COP15

 コロナ禍で当初2020年開催予定とされていた国連生物多様性条約(CBD)のCOP15が2021年10月中国昆明でオンライン開催されたが、今回は2021年10月と2022年4~5月の2回に分けるという異例の方式となった。今回のCOP15の重要議案は、2020年愛知目標に代わる2030年グローバル目標をどうするかである。既に先に述べたように、ほとんどの愛知目標が未達な状態である。
 しかし、開催国中国からは野心的な昆明宣言が発せられたと同時に、これまでの対策資金不足を反省し、約23億ドルを供出する昆明生物多様性ファンドの創設が公表されたことは、生物多様性回復に向けた資金提供においてリーダーシップを取りたい同国の強い意思が感じられるものであった。
 今後は気候危機対応への資金の流れが創出できたように、生物多様性対応にも資金が流れる仕組みを如何に構築するかが喫急の課題で、その意味でもTCFD同様、TNFDフレームワーク構築が待たれるところである。ses
参考:昆明宣言
https://www.cbd.int/doc/press/2021/pr-2021-10-13-cop15-hls-en.pdf


TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosure)

 企業に投資する投資家も気候危機対応に世界的連携により対応を開始したように、生物多様性喪失も危機的状況であることを認識し、2020年TNFDイニシアティブ(https://tnfd.global/)が発足した。現在開示フレームワーク作成に向けて34社のタスクフォースメンバーによる作業が進められているが、本年2022年の早い時期にTCFD同様、企業の開示フレームワーク暫定版がリリースされる予定である。タスクフォースメンバーには金融機関からは、ブラックロック、アクサ、BNPパリバ、MS&AD等が参加しているほか、事業会社からはネスレやGSKなどが参加している。

 TNFDは、TCFDが金融機関の気候危機による影響やリスクを把握するために、企業の気候危機対応に関する情報開示を要請したものと基本的な考え方は同じで、金融機関が生物多様性阻止に向けて金融機能を発揮するため、企業に対して情報開示を求めるものである。TCFD開示は、国内にあってはプライム上場企業、また海外のいくつかの国においては上場企業開示に必須とされている様に、企業評価にとっての重要情報に位置付けられていることから、投資家、銀行、格付会社等もTCFD開示情報を企業評価に組み入れている。同様の事が、いずれTNFD開示においても行われる可能性は否定できない。
参考:TNFD  https://tnfd.global/


金融機関が利用するリスク情報として以下のような生物多様性関連データがある。

図_第3回_17

出典: https://www.maplecroft.com/insights/analysis/biodiversity-risk-is-the-new-esg-elephant-in-the-room/

 

 気候危機対応が業種等により取り組む戦略が異なるのと同様、生物多様性対応においても、個々の企業の事業特性等を考慮した企業評価となる動きは今後強まるものと推測する。
因みに、既にEUの金融機関対象規制であるSFDRでは、生物多様性喪失に関する情報開示が要請されている
参考: https://www.esma.europa.eu/sites/default/files/library/jc_2021_03_joint_esas_final_report_on_rts_under_sfdr.pdf

最後に

 これまでの事例等で、人間のWellbeingのためには、生物多様性回復が極めて重要であることを理解してもらえたと思う。COVID19の蔓延で、多くの人が健康な生活を送ることの重要性を改めて見つめ直した。
 皆さんは「One health」という言葉を聞かれたことはあるだろうか。この言葉は、2000年代初めあたりから生物多様性や気候変動が人間の健康と密接な関連があることを表現する言葉として使われてきた。
 2021年11月にはFAO(国際連合食糧農業機関)、OIE(国際獣疫事務局)、UNEP(国際連合環境計画)、WHO(世界保健機関)が新たに定義(One Health is an integrated, unifying approach that aims to sustainably balance and optimize the health of people, animals and ecosystems.(仮訳)ワンヘルスは人間、動物、エコシステムのサステナブルなバランスを目指し、同時に最適化するための統合的アプローチである)すると同時にハイレベル会議(OHHLEP)を創設し、4機関が実現に向け協働することを公表した。
出典: https://www.who.int/news/item/01-12-2021-tripartite-and-unep-support-ohhlep-s-definition-of-one-health

 

図_第3回_18

 気候危機対応においても、データの収集や科学的根拠の証明に時間がかかったが、生物多様性においても同様の課題がある。
しかし、既に起きている様々な問題を解決する上で、産業界が科学者の知見を有効活用する重要は益々高まっているし、また課題解決に向け資金提供機能を担う金融機関が果たす役割は大きい。

 生物多様性へ取組は様々あると思うが、最近では、映画ジュラシックパークに出てきた様に古代の堆積物からDNAを取り出し、既に絶滅した動植物を復活し、生物多様性上のミッシングリンクを回復する取組も始まっている。
参考:
https://www.abc.net.au/radionational/programs/futuretense/rewilding-to-safeguard-biodiversity/13356480#:~:text=Rewilding%20to%20safeguard%20biodiversity%20Rewilding%20is%20a%20conservation,because%20it%20centred%20on%20apex%20predators%20like%20wolves.


 サステナブルファイナンスにおいて、SDGs達成に向けたインパクト投資が世界では急増しているが、この様なテーマへの投資も一つの候補となっているかもしれない。
 次回最終回は、Climate Techを取り上げたい。