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第2回【インパクトファイナンスの変遷と今後の拡大に向けての課題】

(前回は、第1回:「インパクトファイナンス及びマーケットの変遷と注目される理由」1-4 )

5.国内外での対応や最新動向――制度・市場・標準化の進化と現場課題

 ■ 国際動向:規制と現場での実装
 欧州連合(EU)は、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)、EUタクソノミー、SFDR(サステナブルファイナンス開示規則)などによって、社会・環境インパクトの厳格な開示義務化を先導してきました。CSRDによるダブルマテリアリティの導入により、企業・金融機関は財務・社会両面からの説明責任が強化されています。2024年には、現場負担の軽減を目的としたオムニバス法案(Omnibus Directive)が提案され、中小企業や一部非上場企業のCSRD段階的適用やガイダンス再整理、報告義務の緩和が議論されています。

 米国では、SEC(証券取引委員会)がバイデン政権下で気候関連情報開示強化案を公表しましたが、トランプ政権復帰後は規制強化の動きが事実上停止し、全国的な開示義務化は頓挫しています。カリフォルニア州など一部州やAppleなど先進企業では自主的なサステナビリティに関する情報やインパクト情報の開示が進んでいるものの、連邦レベルの統一規制は存在しないため、全国的な説明責任には温度差が生じています。

 参考:
Harvard Law School Forum
https://corpgov.law.harvard.edu/2025/01/27/the-impact-of-impact-investing/

 中国やアジア新興国では、グリーンボンドなどサステナブルファイナンス商品発行が急増しています。たとえば中国本土のグリーンボンド市場は2023年に1,000億ドルを突破しましたが、主に国有企業が発行体となっており、インパクト評価や社会的アウトカム説明責任の質では欧米と比べて依然ギャップが残っています。
 但し、グリーンファイナンスやサステナブルファイナンスの拡大が、そのまま「厳格な」意味でのインパクトファイナンスの拡大を意味するわけではない点には十分に留意が必要です。

参考:
CBI 2023 China Green Bond Market Report
https://www.climatebonds.net/news-events/press-room/press-releases/china-solidifies-leadership-green-finance-2023
GIIN
https://thegiin.org/publication/post/about-impact-investing/


 インパクトファイナンスの成熟度や制度整備には欧州・米国の間でも違いがあり、さらに新興国との差も大きい状況です。欧州は情報開示義務化やガバナンス体制強化が進み、米国は自主的開示や規制柔軟性、新興国は金融インフラや人材、現場実装力などで課題を抱えています。IMP(Impact Management Platform)やIMM(Impact Measurement & Management)など国際標準化の取り組みは着実に進んでいますが、現場実装はまだ発展途上です。

 ■日本の現状:主要プレーヤーと市場・実務的課題
 日本では、GSG Impact Japan(国際連携推進)、SIIF(社会変革推進財団)(評価手法・市場調査)、インパクトコンソーシアム(産官学連携)などがインパクトファイナンス推進の中心となっています。地方銀行、NPO、社会起業家、自治体、民間ファンドも社会的成果連動型ファイナンスや評価型商品開発に取り組み始めています。経団連は「サステナブル経営憲章」を通じて、企業の非財務価値創出や社会課題解決型経営の実践を促進しています。経済同友会も会員企業への提言や研究活動を通じてサステナビリティ経営の浸透に取り組んでいます。「インパクト志向金融宣言」はさまざまな金融機関や企業が賛同・署名する形で推進されています。この様に、企業・金融界に非財務価値経営とアウトカム評価の実装を促していますが、実務現場では評価人材やノウハウの不足、KPI設定やデータ収集・説明責任コスト、厳格なAUM運用の難しさなど、多くの課題が残っています。
 GPIFによるインパクト投資も現時点(2025年7月末)では検討段階であり、投資開始時期は未定です。資本市場全体の質的転換には、引き続き、関連する制度の進化と企業・金融機関双等関係者全体の知見蓄積が必要不可欠だと考えています。


6.今後、インパクトファイナンスを本格スケールさせるには

① 標準化・信頼性の徹底―グローバル標準形成における日本の課題と提言
 国際的に通用するKPIやアウトカム指標の厳格な標準化、意図性・追加性・測定可能性・説明責任を担保するガバナンスの構築は不可欠です。欧州のIMPやOECD、GIINなど標準化イニシアティブが共通基準と第三者検証体制を実装するなか、日本は議論への参画は進んでいますが、ルール設計・外部検証・人材育成・データ基盤の整備で欧州などに遅れをとっています。各企業の独自開示や形式的な情報発信では、グローバル投資家からの信頼や選好は獲得できません。今後は国際標準化への積極参画と国内実務力の底上げ、第三者検証体制の拡充など、「国際比較で信頼される水準」への移行が急務です。

参考:
OECD
https://www.oecd.org/en/topics/multilateral-development-finance.html

② 官民連携と成果志向ブレンデッドファイナンス―主たるプレイヤーと今後の方向性
 ブレンデッドファイナンスは、リスク分担や民間資本の呼び水として不可欠な仕組みです。欧米では商業銀行・開発金融機関・機関投資家(年金基金・保険会社)・証券会社・ベンチャーキャピタル・インパクトファンドが中心となり、公的側は中央政府・自治体・政策金融・国際開発金融機関が初期損失引受や保証などを担っています。日本でも、銀行・証券・機関投資家・地方自治体・政府系金融・社会的投資財団が主たるプレイヤーとなります。主に、銀行は案件組成・リスク評価・地域ネットワーク、証券は商品設計・流動化・投資家リーチ、機関投資家は長期資金供給と評価高度化、公的部門は制度設計・保証等の役割を持ちます。
 現状ではリスク配分・ガバナンス構築・成果評価の質担保・リターン配分の透明化など実務面における課題が多いです。今後は成果連動型ファンドや地域単位モデル、異業種連携・行政との協働によるノウハウ蓄積と役割分担の明確化が不可欠となってくるでしょう。

③ エコシステムと現場力・人材育成―海外事例と日本の課題
 インパクトファイナンスの本格拡大には、国際的に多様な主体が参加するエコシステム形成と現場人材の育成も欠かせません。
欧州では地域金融・NPO・社会起業家・大学・自治体・ファンドが連携し、「インパクトハブ」や     
 「アウトカム・ファンド」など知見・人材・データ共有のモデルが普及しています。米国でも財団・自治体・スタートアップの共創エコシステムが生まれ、AIやデジタル技術による評価・報告高度化も進んでいます。


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出典: https://impacthub.net/

 日本では、多様なプレーヤーの連携不足や現場人材の専門性、横断的知見の連携が遅れています。今後は海外の先進事例を参考にしつつ、地域金融・NPO・行政・起業家など異分野が連携できる仕組みや、人材育成プログラム、知見共有の情報基盤構築が拡大のカギとなるでしょう。

④ 巨大機関投資家の本格参入と社会的インフラ化―グローバル比較と日本の展望
 欧州のABP(オランダ年金基金)、Norges Bank(ノルウェー政府年金)、英国LGPS、米国CalPERSなどの巨大機関投資家は、ESG・インパクト評価やアウトカム・マネジメントを導入し、非財務情報開示や社会的価値評価の標準化を資本市場全体に波及させてきました。ノルウェー政府年金は投資先に対する厳格なサステナビリティ基準を策定し、ABPはポートフォリオの社会的アウトカムの定量化と説明責任の徹底に取り組んでいます。


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出典:
https://www.abp.nl/content/dam/abp/en/documents/dvb/abp-impact-investing-policy.pdf

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出典: 
https://www.nbim.no/en/responsible-investment/how-we-influence-markets-and-industries/


 これらの事例は「社会的価値評価インフラ」の形成を促し、企業・投資家・社会のエンゲージメント深化や現場の改善サイクル創出を後押ししています。日本でもGPIFがインパクト投資、評価・管理への参入検討を始めており、今後国内資本市場全体においても、社会的価値評価の仕組みが波及することを期待しています。
 現場での実践・成果蓄積・フィードバックによる改善サイクル構築と現場における知の深化が今後の最大の成長ドライバーとなりますので、他国の先進事例に学びつつ、日本での発展に向けた社会的価値評価インフラの検討が必要になると考えます。

7.CSRD・CSDDDとインパクトファイナンス分野への影響(2024年→2025年)

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 2025年7月時点で、CSRD・CSDDDともインパクトファイナンス市場そのものへの新規規制や義務は大きく追加されていません。CSRDではESRSガイダンス進化や成果KPI開示強化の動きはありますが、法制度がインパクトファイナンス投資自体に新たな義務を課すものではありません。CSDDDもサプライチェーン全体での人権・環境リスク管理強化が中心で、金融機関や投資家が投融資先の評価やモニタリングを強化する方向性は強まっていますが、インパクト投資固有の新たな定量開示義務は現時点で存在しません。今後も欧州中心にESG・インパクト説明責任の強化が段階的に進む可能性が高いです。

出典:https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2024/08/sustainable-value-csrdesrs.html







8.インパクト会計と柳モデル

 近年特に注目されているのが、「インパクト会計(Impact Accounting)」の導入です。インパクト会計とは、従来の財務会計や管理会計の枠組みに加えて、社会的・環境的なインパクト(成果)を“会計的に定量化・可視化”し、経営判断や資本市場に組み込む新たな枠組みを指します。
 欧米では、ハーバード・ビジネス・スクールが提唱する「インパクト・ウェイテッド・アカウンティング(IWA)」のように、非財務インパクトを貨幣価値に換算して可視化しようとする実証研究が進められています。IWAは、企業活動が環境や社会に及ぼす影響を金額換算し、財務諸表と並べて開示することを目指す枠組みですが、現時点では一部のグローバル企業が統合報告書などで試行的に採用している段階にとどまり、法定会計や国際基準として定着しているわけではありません。
 また、IMP(Impact Management Platform)では、OECD、UNDP(国連開発計画)、UNEP FI、IFC、世界経済フォーラムなどの国際機関やGIIN、GSG、PRI(国連責任投資原則)、ISSB(International Sustainability Standards Board/IFRS財団)、B Lab(Bコーポレーション運動の主催団体)等の国際イニシアチブが連携し、インパクト評価や報告の枠組み・用語・手順の国際的な共通化を進めています。IMPは、インパクトの主要な評価軸やプロセスの定義・整理を行い、グローバルな議論の“共通言語”として広がっていますが、具体的な数値基準や会計基準そのものを定めているわけではありません。
 こうした取り組みにより、欧米ではインパクト評価や開示に関する理論と実務の標準化が徐々に進展しつつありますが、現時点では理論フレームワークや用語・開示手法の共通化が中心であり、厳密な金銭換算や統一された会計基準としてはまだ確立途上です。
 一方、日本国内では、独自の会計的アプローチとして、柳モデル(インパクト加重会計)が注目されています。早稲田大学大学院会計研究科客員教授・柳良平氏が提唱する同モデルは、人的資本やESG活動・社会価値創出を貨幣換算し、「社会的インパクト利益(SIP)」やPBR等財務指標と連動させて統合報告等で開示します。KDDI、アサヒグループホールディングス、日清食品HDなどが導入し、社会的インパクトの定量化と企業価値説明の高度化を実現しています。国際基準との整合性、外部監査体制・業種間比較などの論点は残っておりますが、既に同モデル開示する上場企業は10社を超え、検討企業も100社を超えてきています。人的資本開示や外部検証体制とを含めた標準化と同モデルを活用した企業価値創造を期待したいです。

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参考:柳モデルとインパクト会計の最新事例(月刊資本市場2024年11月)
https://www.camri.or.jp/files/libs/2130/202412101139418792.pdf



9.最後に――実務の深化と競争力強化への道
 インパクトファイナンスは、単なる制度対応や一過性の流行ではなく、金融の役割そのものを根本から再定義する動きです。現在、世界では従来の延長線上にはないシステムチェンジが進行し、社会課題の複雑化や価値観の多様化に応えられる新たな金融インフラの機能発揮が強く求められています。
 日本の金融機関も、社会の信頼あるインフラとしての責任と使命を改めて意識し、社会的価値と経済的価値の両立を担保する「公共的な役割」の高度化が不可欠です。
そのためには、これまでの枠組みや慣行を超えて、社会の要請に迅速かつ柔軟に応える姿勢と行動が求められます。企業や自治体・NPOなど多様な主体の挑戦を支援するためにも、私たち自身の「知見の高度化」と“現場力”の強化を着実に進めていくことが必要です。インパクトファイナンスは、“自分たちがどんな社会を実現したいか”というビジョンを、資本市場の力で具体的に形にしていくための手段にほかなりません。
 今こそ、日本の金融界が主役となって社会と経済の未来を支え、企業や地域の変革を後押しする真のエンジンとなるべき時です。これまでの“制度順守”や“表面的な対応”を超え、システムチェンジの渦中で新しい社会的信頼インフラとしての金融の姿を、私たち自身の現場からともに創り上げていくこと。それこそが、これからの日本の資本市場に求められる最大の競争力であると考えます。

 以上、2回にわたり、インパクトファイナンスに関して纏めてみました。
本論考は、各種公開情報、専門家ヒヤリング等を基に筆者の考えを加え作成しましたが、インパクト投資を検討されている投資家やインパクト考慮を自社の事業のマテリアリティ分析や事業の成長戦略に取り込みたいと考えている企業にとりまして、多少なりとも参考になれば幸いです。

執筆:
evergreenp代表 銭谷美幸
https://www.evergreenp.com/