人新世における地球と人類 - 私達は次の世代に何を残すのか?(第2回)
2.地球環境危機の現況 (地球温暖化、生物多様性の喪失)とプラネタリーバウンダリー
前回は、システムとしての地球を前提に、人新世における地球環境危機の意味について述べた。今回は、特に深刻な地球温暖化と生物多様性の喪失を中心に、地球環境の現況を見てみる。
地球温暖化(気候変動)
温暖化は最も切迫した地球規模の危機であり、異常気象や海面上昇、そして世界中の生態系の攪乱によって地球の状態を大きく変え、人類社会の持続可能性を損ないつつある。
学校で習った人も多いだろうが、地球の気温は、基本的に太陽エネルギーの収支で決まる。その収支は、地球の公転軌道や自転軸の周期変化(ミランコビッチ・サイクル)、氷雪が太陽エネルギーを宇宙に反射して地球を冷却する効果(アルベド効果)の大きさ、温室効果ガス(Green House Gases, “GHG”)の濃度、海洋や森林・土壌等による炭素貯蔵作用、そして火山活動などが絡みあう地球システムの機能状態が左右する。今は、約260万年続く第四紀氷河時代にあるが、この間、ミランコビッチ・サイクルを契機に、約10万年のサイクルで氷期(寒冷期)と間氷期(温暖期)が繰り返された(今は、約1.2万年前からの間氷期)。
これに対し、今日の温暖化は、人間が排出するGHG、特に化石燃料(石炭、石油、天然ガス)利用による二酸化炭素(CO2)に起因する。他の要因に、メタンや一酸化二窒素など別のGHGや森林・湿地といった炭素貯蔵庫の破壊などがあるが、その大半はやはり人間が原因だ。
大気中のCO2濃度は、産業革命前の280ppmから最近の410ppmまで1.5倍近く上昇した。その結果、気温も19世紀後半から今日まで約1.2℃上昇している。過去80万年の推移を見ると、最近のCO2濃度上昇がいかに急激で異様なものか、一目瞭然である。(図表①)
図表①:地球の二酸化炭素濃度と気温の変動(過去80万年間) 過去の氷期・間氷期の周期では、ミランコビッチ・サイクルがCO2濃度上昇に先行しているが、現在は人為的なCO2濃度上昇が温暖化を起こしている。(出典)B. Magi / UNC Charlotte |
私たちは既に、温暖化に伴って、頻度や激しさを増す猛暑や豪雨など異常気象を体験している。しかし、前回述べたように、本当の脅威は、地球システムが、温暖化が温暖化を呼ぶ臨界点(ティッピングポイント)に達し、人間にはもう制御できない気温上昇のサイクルが始まることである。
既に、様々な正のフィードバックが世界中で報告されている。まず、北極圏の海氷や氷床の急激な減少がある。太陽エネルギーの大半を反射する氷雪が、大半を吸収する海水や地面に変わると、温暖化を加速する。また、温暖化による乾燥は、森林のサバンナ化や大規模な森林火災の頻発を促して、炭素貯蔵庫の劣化やブラック・カーボン(すす:太陽エネルギーの吸収源)排出を起こす。最近では、シベリアの永久凍土の融解によるメタンの噴出も報告されている。地球は、臨界点に着々と近づき、人間が制御できない灼熱地獄への坂道を転げ始めている。
IPCC[1]による今後の人為的なCO2排出(累積量)と温暖化の予測では、有効な排出削減策がとられないと(ベースラインシナリオ)、CO2濃度は今世紀末に1400ppm近くに達し、気温は4℃以上高くなる。その場合、温暖化の正のフィードバックがさらに幅広く起こり、気温上昇はその後も長く続くことになる。(図表②)
一方、2015年・パリ合意の2℃目標を達成するには、今世紀末までにCO2濃度を約490ppmでピークアウトさせなければならない。しかし、IPCCの1.5℃特別報告書など最近の科学的知見は、1.5℃と2.0℃の気温上昇では影響が大きく異なり、臨界点の発動リスクも高まることを示している。その結果、今日では、1.5℃目標つまり2050年までの脱炭素化が世界の主流となり、日本もついにその目標を共有するに至った。
しかし、コロナ禍による例外だった昨年は別として、依然としてGHG排出が増加を続ける中、既に1.2℃に達した気温上昇を1.5℃に抑えること、すなわちGHG排出を2030年までに半減し2050年までに実質ゼロにすることは、並大抵のことではない。
図表②:今世紀末までのCO2累積排出量と気温上昇幅の予想 RCP(Representative Climate Pathways)とは、IPCCが用いている今世紀末までのCO2排出量の4通りのシナリオ。つけられている数字は、2100年の想定放射強制力(W/m2)。 (出典)IPCC Report Communicator / ガイドブック 基礎知識編 / 統合報告書 基礎知識編(環境省 2015年3月11日) |
図表②:今世紀末までのCO2累積排出量と気温上昇幅の予想 RCP(Representative Climate Pathways)とは、IPCCが用いている今世紀末までのCO2排出量の4通りのシナリオ。つけられている数字は、2100年の想定放射強制力(W/m2)。 (出典)IPCC Report Communicator / ガイドブック 基礎知識編 / 統合報告書 基礎知識編(環境省 2015年3月11日) |
生物多様性の喪失
生物多様性の喪失や生態系の破壊は地球規模で極めて深刻な状況にあり、温暖化とも深く関係しつつ、地球システムの臨界点のリスクをさらに高めている。
地球の状態は、35億年以上にわたり、生物の活動と非生物的プロセス(エネルギーや物質の循環)の連鎖の中で決まってきた。古くは、シアノバクテリアという光合成微生物が初めて大気に酸素を供給し、さらに葉緑体として植物に取り込まれ、酸素が豊富な今の大気を作った。3-4億年前には、巨大シダ植物が石炭となって膨大な炭素を地下に閉じ込め、地球を寒冷にした。今も、微生物から植物、動物まで無数の生物の活動が、大気の組成や水の循環、土壌の豊かさまで、地球の状態を左右している。
また、生物同士も食物連鎖や共生など多様な関係を結びながら、生存している。私たち人間も、個体または集団として、その生物の関係性に支えられ生きている。例えば、体内の微生物の働きがないと、人は死ぬ。蜂などが植物の受粉をしてくれないと、農業はできない。森林が衰えると、水に困る。新たなウィルスや細菌が人間界に侵入すると、まさに今のように社会が大混乱に陥る。
生物多様性の状況を、正確に知ることは難しい。それはあまりに複雑で、CO2濃度のようなシンプルな指標もない。それでも、例えば生物種の絶滅の推計から、深刻な状況が分かる。IPBES[2]の2019年報告書によると、現在の世界の種の絶滅速度は過去1000万年の平均の少なくとも数十倍から数百倍で、さらに加速中である。また、調査対象の動植物800 万種のうち約100万が絶滅の危機にある。良く知られる約6600万年前の恐竜大絶滅など生物史上には5回の大絶滅があったが、今は、それらをはるかに凌ぐ第6次大絶滅が進行中である。この異常なレベルの絶滅は、温暖化に加えて、森林や海の開発(生息地の破壊)、汚染(窒素・リン(栄養素)の流出、農薬・プラスチックなど化学物質)、そして乱獲など、ほとんどが人間の活動による。
生物多様性の喪失とは、生物がたくさん死んでかわいそうとか、自然が汚されて残念という話ではない。それは、生物界を攪乱して地球の状態を変え、私たちの生活や経済の基盤を蝕む、人類社会の持続可能性への巨大な脅威なのである。また、地球温暖化と生物多様性は表裏一体であり、温暖化が生物多様性喪失の重大な原因であると同時に、生物多様性の喪失は地球の温暖化への抵抗力を奪っていく。
地球システムの臨界点を回避し、私たちの生存基盤を守るには、脱炭素化と併せて生物多様性・生態系の保全を進め、地球の状態を安定させなければならない。
図表③:世界における生物多様性減少を示す自然劣化の例 直接要因の棒グラフでは、土地/海洋利用変化と直接採取が影響の半分以上を占める。 円グラフは、時間的尺度は異なるが、人間が全世界レベルで自然に与えた悪影響の大きさ。 (出典)IPBES生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書・政策決定者向け要約(抄訳)環境省 |
プラネタリーバウンダリー(Planetary Boundaries, “PB”)[3]
繰り返すと、地球は、気候や生物多様性を含む様々な生物・非生物プロセスの連鎖するシステムである。そして、その全体の(完新世のような)安定した機能状態こそが、全人類が協調して守るべき生存基盤である。
その地球システムが全体として安全圏から逸脱しないための「ガードレール」として提案されたのがプラネタリーバウンダリーであり、今や、地球環境の議論に欠かせない枠組みである。それは、地球の9つの重要なサブシステムについて、地球が安定して機能できる限界値を数値で示したものである。9つとは、気候変動、生物多様性、土地利用、淡水、窒素・リン循環、海洋酸性化、エアロゾル、オゾン層、新規化学物質である。(但し、エアロゾルと新規化学物質はまだ限界値が示されていない。)
その2014年版によると、PBの2つ(生物多様性と窒素・リン循環)はすでに限界値を超え、あと2つ(気候変動と土地利用)は危険域に入っている。2021年の今、オゾン層以外の状況はさらに悪化している。PBの現状は、このままでは地球は遠くなくあちこちで限界に達し、不可逆的に別の状態に移行し始めるリスクが高まっていることを示している。(図表④)
PBは、人新世において地球システムの安定とレジリエンスを守るための非常に重要でシンプルな指針を与えてくれる。つまり、私たちは、気候変動と生物多様性を含む9つのサブシステムで限界値を超えないように、その原因である人為的な環境負荷を減らすべく急いで行動しなければならない。次回は、そのための戦略として、環境負荷を生み続ける今の社会・経済システムをどう転換すべきかについて説明する。
図表④ プラネタリーバウンダリーの状況(2014年更新) 気候変動、生物多様性、土地利用、窒素・リンの 4つが限界値を超え、危険領域に入っている (出典)「小さな地球の大きな世界」 J. ロックストローム, M.クルム著(丸善出版・2018年) |
[1] Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル):、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により1988年に設立。参加国は195か国。各国政府推薦の科学者が参加し、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、各種報告書を作成している。また、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に対し、議論の科学的な根拠を提供する役割も果たしている。
[2] Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)。生物多様性と生態系サービスの動向を科学的に評価し、政策形成につなげるための政府間組織。国連環境計画(UNEP)主導のもと2012年4月に設立。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の生物多様性版といわれることもある。
[3] “A safe operating space for humanity” ヨハン・ロックストローム他(Nature, 2009年)、”Planetary boundaries: Guiding human development on a changing planet” ウィル・ステフェン他(Science Express, 2015年)
谷 淳也
東京大学 グローバル・コモンズ・センター シニア・リサーチャー
Future Earth 日本ハブ シニア・アドバイザー