デジタルグリッドコラム

人新世における地球と人類 - 私達は次の世代に何を残すのか?(第4回)

Written by 谷 淳也 | 5/11/21 11:33 PM

 4.社会・経済システム転換② - 社会的システムの変革

前回説明した4つの物理的システム(エネルギー、食料、生産・消費、都市)の転換を大規模に進めるには、政策(規制・税金等)、企業ガバナンス、金融、科学技術の開発利用など社会の主な制度や仕組みを総動員する必要がある。ここでは、その中でも中核的な経済制度である財市場と金融市場をどのように変革すべきかについて述べる。

財市場の変革(規制と価格付け)

私たちの経済は企業や消費者がモノやサービスを取引することで動いている。このモノやサービスの取引の場を財市場という。そこでは人々は価格を目安に、同じ品質ならより安いモノ、同じ価格ならより良いモノを買い、供給者(企業)はより安くより良いモノを提供すべく競争する。企業業績や国の経済(GDP等)もすべてこの市場の取引を基準に測られる。そして、この市場機能が最大多数の最大幸福を可能にするとされる。

しかし、実際には市場機能に様々な問題が生じる(市場の失敗)。GHG排出や森林破壊など環境問題はその典型だ。例えばGHG排出にコストやペナルティがない(小さい)と、排出が増え温暖化が進んでしまう。

このようなマイナス(外部不経済という)は、①直接規制(排出規制や生産・販売規制)や②経済インセンティブ(課税や補助金)の導入で防止できる。直接規制は強力で即効的だが、規制に過不足や偏りが生じて経済を非効率にする恐れがある。一方、経済インセンティブは、市場機能を利用することで経済効率と排出削減の両立を図れる。健康や生命への脅威への強力で即効性ある対応等には直接規制、経済の効率性を維持しながら大規模に環境負荷を削減したい場合には経済インセンティブが向いている。

気候変動について、この直接規制と経済インセンティブの導入が急速に進みつつある。直接規制では、温室効果ガス排出自体の制限に加えて、一定比率以上の電気自動車(EV)の販売義務などの規制が広がりつつある。経済インセンティブでは、本格的なカーボンプライシング(炭素税や排出権取引)の導入によって世界の経済・産業に大きな影響が及ぼうとしている。今はまだ炭素価格が脱炭素化に十分なレベルの国は少ない[1]が、EUや米国は2030年のGHG排出削減目標の引き上げ(EU55%、米国は50%)と整合するレベルまで炭素価格を引き上げ、さらに炭素国境調整措置(炭素価格の低い国との貿易に関税や補助金を適用してカーボンプライシング回避を防止する措置)を導入することも検討している。

このように世界の主要市場で本格的な規制やカーボンプライシングが進むと、及び腰の国の産業は市場から排除されてしまう。日本も同レベルの対応をする他に選択の余地はなくなりつつあるということだ。

地球環境危機は気候変動だけではない。特に生物多様性/生態系を守るために土地利用や化学物質排出などの環境負荷を急いで減らさなければならない。それにはやはり地球規模で有効な直接規制や経済インセンティブを導入することを要する。この分野の議論は脱炭素化に比べて遅れてきたが、今後、本格化するだろう。

【コラム①:高くても環境に良い商品を買うべきか?】

環境負荷にコストやペナルティがない世界では、環境に配慮する商品の方が配慮コスト分だけ割高になる。しかし、環境を守るにはコストはつきものなので、高くても環境に良い商品を買うように消費者意識を変えるべきである…このような議論を耳にする。意欲に加え財布の余裕のある人はそれで良い。しかし、この議論は経済的にも倫理的にもおかしい。

財市場でメリットが同じモノをより高く買う人は普通いない。価格を気にしないほど環境意識が高く懐に余裕のある消費者がいたとしても、少数派だろう。また、経済的余裕がなく環境に良い商品を買えない人は、非難の眼を向けられるか、環境意識が高いほど自責の念を覚えることになる。また、すべてのモノに各々の環境配慮コスト分を上乗せすると、普及品ほど値上がり「率」が大きくなり低所得層ほど負担が大きくなる。このように、高くても環境に良い製品を買うべきというのは、経済合理性もなく、環境負荷のコストと責任を経済余力のない消費者にしわ寄せするアプローチである。

もちろん国民や消費者の環境意識を高めることは非常に大事だ。ただ、民主的で公正な社会なら、その意識は経済合理性があり公正な規制やプライシングといった政策の導入に向かうのが正当である。そこでは、消費者が自然体で無理ない購買行動をとれば、価格メカニズムを通じて環境負荷の大きい商品は駆逐され環境は保全されることになる。

 

金融市場の変革

金融市場は資金の流れを通じて様々な経済活動を方向づけ、企業等をシステム転換に向かわせる大きな影響力をもつ。そこでは、資金の出し手が融資や株・債券投資を通じて企業への資金の流れを決めると共に、株主や債権者としてその経営・運営に口出しする。資金の出し手とは、直接には銀行や機関投資家(年金、保険会社、運用会社等)だが、その裏には家計/個人(預金者、年金受益者、保険契約者等)がある。

一方、金融市場は、環境問題の深刻化で社会・経済が不安定になったり、企業が対応を誤って倒産したりすると、自らも信用不安/機能不全に陥ってしまう。このように、地球環境を巡って金融市場と実体経済は表裏一体であり、ゆえに金融市場も地球環境問題を解決する役割と責任を負わざるを得ない。

このような考えに基づき、金融における気候変動を中心とする環境問題への取り組みが世界の大きな潮流になっている。以下にその主要分野について説明する。

行動規範:まず、金融市場における行動規範は、投融資判断に経済的視点だけではなく環境問題を含む社会的視点入れる方向に変わってきた。国連による責任投資原則(2006年)や責任銀行原則(2019年)は金融機関や投資家の行動を変え、また日本版スチュワードシップコード改訂(金融庁)など各国の政策にも影響を与えている。また、最終投資家(年金受給者である国民など)や顧客の関心の高まりも、機関投資家や金融機関が地球環境の視点を経営に組み込まざるを得ない背景にある。今や環境を考慮しない金融機関や機関投資家はいない一方、その実践レベルにはまだ大きな差がある。

企業情報開示:企業の環境問題との関わり(非財務情報)を報告・開示させる取り組みも進んでいる。代表的なものとして金融安定理事会[2]による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)があり、企業の気候変動に係るリスク・機会を投融資判断に反映させることで、企業の行動変容と金融市場の安定確保を目指している。また、林立する企業情報開示の諸ルール統合の試みや、開示対象を気候変動関連のみならず生態系サービス/自然資本[3]に広げる努力も行われている。すべての投融資判断の基礎となる企業情報開示の充実は、金融市場を通じた地球環境問題への対処にとって最も重要なインフラである。

投融資活動:上述の行動規範という基準と開示情報という根拠に基づいて、新しい投融資活動のアプローチが生まれている。まず、投融資先の環境関連のリスク・機会や取り組みを投融資の判断プロセスに組み込む方法がある(インテグレーション)。これが広がれば、地球環境問題への取り組みレベルが資金調達の難易に反映される。次に、株主や債権者としての発言権を使って、企業等により積極的に環境問題に取り組むように働きかける方法がある(エンゲージメント)。また、環境負荷の特に大きい企業等への投融資をやめる方法もある(ネガティブスクリーニング、ダイベストメント)。これらのアプローチは、例えば、投融資判断プロセスの改革(インテグレーション)を行った上で、客観的な情報や基準に依拠しながら投融資先の行動変容を促し(エンゲージメント)、やむを得ない場合にダイベストメントを行う(あるいはそれを圧力に使う)など組み合わせて使われる。

金融政策・規制:以上は、これまで主として金融機関の自主的な取り組みとして進んできた。しかし、それを金融政策や規制に組み込む流れも出ている。例えば、TCFDに基づく開示は義務化されて行くと考えられる。金融当局が、気候変動はじめ地球環境問題の視点から金融機関を監督・指導することも各国で考えられている。また、EUや英国等では、環境関連債券を金融調節のための市場オペレーションにより積極的に利用することが検討されている。

このように金融市場は市場の自主的な取り組みから始まり政策や規制を巻き込みながら、気候変動はじめ地球環境問題を資金配分の重要な基準として内部化し、産業を転換する強大な力になっている。

【コラム②:グリーンファイナンス[4]とファイナンスのグリーン化】

グリーンボンドなどグリーンファイナンス(GF)振興の議論が金融業界を中心に盛んである。銀行や機関投資家はGFへの投融資実績を、企業はその調達実績を環境への取り組みとしてアピールしようとする。しかし、いずれ全体がグリーンになる、つまり銀行や投資家のポートフォリオや企業活動のすべてがグリーンになれば、一部の案件だけをGFとして特別視する理由はなくなる。逆に、全体をよりグリーンにすることなく一部だけグリーンとして切り出すと、残りのブラウン(炭素食)が濃くなる(グリーンウォッシュ)。GFの振興は、金融や経済全体についても、個々の金融機関や事業会社についても、全体をグリーン化にする明確なプランがあって初めてその一手段として意味をもつ。

【コラム③:環境を重視する企業への投資は儲かるか(リスク・リターンの成績が良いか)?】

結論からいうと、環境重視の会社に投資したからと言って、投資成績はベンチマークに比べて高くなるとも低くなるともいえない。環境重視の会社の業績とその会社への投資成績は別の話であり、一般に効率的な市場では投資対象企業の環境対応とその将来の業績への影響等に関する情報は市場ですぐに共有され、インサイダー情報をもつ者以外は抜け駆けできないとされるからである(効率市場仮説[5])。ダイベストメントで環境負荷の大きい企業を投資対象から外すと投資ユニバースが狭まるので、逆に投資成績(リスク・リターンの効率)が低下する可能性もある。

こう考えると投資に環境の視点を入れるとは、投資で他人より儲けるためではなく、人類社会や経済・金融全体の持続可能性という共通利益のために行うところに意味がある。

 

物理的システムの転換を可能にする社会の制度や仕組みは上述の市場だけに限られない。例えば、正しい規制やプライシングの導入には透明で合理的な政治・行政プロセスが必要だし、環境重視の投資家の意向が企業行動を変えるには企業統治がきちんと働かないといけない。このように社会・経済システムの大きな転換には、社会の制度や仕組みの全体を整合的に変革することが必要である。

次回は、社会・経済システム転換を成し遂げる基盤である人々の意識や行動について述べる。

 

[1] 実効炭素価格(排出枠価格、炭素税、エネルギー税の合計)は、先行するスイス、フランス、ノルウェー、英国などでは1万円/t-CO2以上、日本は4000円程度である。米国、中国は、現状さらに低い。(OECD Effective Carbon Rates 2018)日本のエネルギー関連税制は環境負荷の軽減を目的にしていないので、有効なカーボンプライシングにするには大幅な制度改正を要する。

[2] Financial Stability Board (FSB)20094月設立。主要国の金融当局や国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際決済銀行(BIS)が参加し、国際金融システムの安定を目的とする組織。事務局は国際決済銀行内(スイス・バーゼル)に置かれる。

[3] 食料や水などの供給、大気の質や気候の調整、生物生息地、憩い・文化的体験など、生物多様性を基盤とする生態系が私たちに与えてくれる自然の恵みを生態系サービスという。また、そのフローを生む自然の状態(ストック)を自然資本という。

[4] グリーンファイナンスとは、環境保全に資する事業案件に資金を提供するファイナンスである。債券の場合はグリーンボンド、ローンの場合はグリーンローンという。

[5] 効率市場仮説(Efficient-market hypothesis)とは、証券の市場価格には市場でその時点で利用可能なすべての情報が反映されているとする仮説であり、その情報から将来の株価を予測することはできないことになる。これに対して証券価格は時に不合理な動きをすることが知られているが(アノマリー)、筆者は気候変動や環境に関する企業行動が継続的なアノマリーの要因(市場参加者の行動バイアス等)になることはないと考えている。



谷 淳也
東京大学 グローバル・コモンズ・センター シニア・リサーチャー
Future Earth 日本ハブ シニア・アドバイザー