皆さんは、2040年に向けた日本のエネルギー基本計画が今年度中に決まろうとしていることをご存知でしょうか?関係する審議会の議論は、“自然エネルギーなんて日本は無理だから、原子力しかない”というトーンになっています。本当なのでしょうか?
太陽光・風力はガス火力より安い、原子力はガス火力より高い
日本には自然エネルギーポテンシャルがまだまだたくさんあります。最近話題の浮体式洋上風力・ペロブスカイト太陽光はもちろんのこと、“新技術”ではない普通の太陽光や陸上風力ともにまだまだ設置が可能です。
そしてコストも既に下がっています。国際エネルギー機関が今年初旬に出した各電源の“ライフタイムコスト”を見ると(図1)、太陽光・風力(特に陸上風力)は天然ガス火力よりもずいぶん安いということになっています。原子力は、天然ガス火力よりもずいぶん高いということになっています。これは新設の場合ですが、日本は頑張って原子力発電を再稼働しても最大1割しかまかなえないというのが事実です[1] 。残りの9割を、高コストの新設原子力や“ゼロエミッション火力” [2]にするのか、すでに低コストの太陽光・風力にするのか、戦略的判断が問われています。
図 1 先進国における発電・設備・材料の競争力指数
Source: IEA (2024), Strategies for Affordable and Fair Clean Energy Transitions, IEA, Paris.(日本語は自然エネルギー財団仮訳)
誤解:日本は狭いから自然エネルギーはあまり入らない?
日本は国土面積あたり太陽光発電設置量が世界一」という資料をよく見ます。これは事実なのでしょうが、必ずしも、これ以上設置できないということを意味しません。住宅の屋根への設置率はまだ10%にも達していません。農地にもたくさんのポテンシャルがあります。農地の一部に太陽光パネルを設置すれば、農家の基礎的収入源となり、経営が安定し、農業がより盛んになる。こんなポジティブなサイクルを作り出すことができれば、エネルギーと食料の自給率を両方あげることができます。
図2には、太陽光発電協会と環境省による導入ポテンシャルの推計値を、2022年度の日本全体のピーク電力と比べたものです。もちろん太陽光だと夜は発電しないので、蓄電池に貯めるか、風力や水力などで夜をまかなう必要がありますが、それにしても大きなポテンシャルです。(太陽光発電協会のポテンシャル推計からは、山林は外してあるとのことです。山を切り崩す太陽光というのは問題があります。)
図 2 太陽光発電のポテンシャル推計値(太陽光発電協会・環境省)と日本の2022年度最大電力の比較[3] (GW)
出典:導入ポテンシャル推計値については、太陽光発電協会、「PV OUTLOOK 2050」(2024年7月)。
風力発電もたくさんのポテンシャルがあります。図3は風力発電の各機関のポテンシャル推計値と、2022年度の日本全体のピーク電力とを比べたものです。日本の風力発電設備容量は5GW程度なので、これからまだまだ導入できるはずであることがわかると思います。
図 3 風力発電の各種ポテンシャル推計値と日本の2022年度最大電力の比較 (GW)
出典:環境省①:環境省、「令和3年度再エネ導入ポテンシャルに係る情報活用及び提供方策検討等調査委託業務報告書」(2022年4月)、環境省②:環境省、「令和元年度再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書」(2020年3月)、REI①:自然エネルギー財団、「2035年エネルギーミックスへの提案(第1版)」(2023年5月)、REI②:自然エネルギー財団、「日本の洋上風力発電ポテンシャル 領海と排他的経済水域」(2023年11月)、MRI:三菱総合研究所、「日本の洋上風力ポテンシャル海域」(2024年4月)、IEA:IEA, “Offshore Wind Outlook 2019”(2019年11月)、World Bank:World Bank, “Global Offshore Wind Technical Potential”(2023年1月)
誤解:自然エネルギーはお天気まかせだから頼れない?
ポテンシャルがあるにしても、“お天気まかせ”では電力供給が不安定になる、というイメージもあるかもしれません。しかし、世界を見渡すと、島国の英国やアイルランドでも2023年時点で電力のそれぞれ45%、42%が自然エネルギーです。
図 4 電力消費量に占める自然エネルギーの割合
その秘訣を、3つにまとめてみました(表1)。
第一に“自然エネルギーベストミックス”です。太陽光と風力、バイオマスといった様々な自然エネルギーを組み合わせることで、24時間365日安定供給が可能なのです[4] 。
第二に、蓄電池や広域運用(つまりは送電網を拡充して風が吹いているところと吹いていないところ、大需要地と生産地をつなげる)です。蓄電池があれば、昼間余った電気を夜使えますし、これはすぐにでも設置できます。送電網の拡充には時間がかかりますが、今から準備すれば、北海道などにたくさんの洋上風力ができた頃には東京まで送れるようになっているということです。供給側の柔軟性、とも言えるでしょう。
第三に、需要側が価格に応じて動く“デマンド・レスポンス”の活用です。これまでは需要があって、それを何がなんでも満たさなくてはいけないという考え方でした。しかし、自然エネルギーの比率が高まると、太陽光の比率が高い地域では、日中は電気が安くなるでしょうし、風力の比率が高い地域では、風の強い時に電気が安くなるでしょう。そういった自然に基づく価格シグナルに、応答できる需要は応答する。これで社会的コストも大きく下がりますし、“自然と共に生きている”ので自然への負荷も下がるでしょう。
表 1 自然エネルギーを中心とした電力システムとするために
1. 組み合わせる | “自然エネルギーベストミックス”:太陽光だけでなく、夜も発電する風力や水力、バイオマスなどを適切に組み合わせる。 |
2. 供給側の柔軟性を上げる | 蓄電池と広域運用:例えば、短期的には需要地の近くでの太陽光+蓄電池、中期的には北海道・東北にポテンシャルの大きい洋上風力を送電線拡充によって需要地に送電可能とする、といった供給側の対策。 |
3. 需要側の柔軟性を上げる | デマンド・レスポンス:価格シグナルの活用によって、発電の少ない時間帯の需要を抑え、余っている時間帯に移動。蓄電池も活躍する。 |
こういった対策を導入する[5]ことで、日本でも自然エネルギーを中心とした電力システムが可能であることを、自然エネルギー財団がモデルシミュレーションによって示しました。仮に2035年度において、自然エネルギー80%で電力を供給できるのか、電力広域的運用推進機関(OCCTO)マスタープラン参考シミュレーションに用いた日立エナジーのPROMODを使って、つまりは電力システムの各種制約を反映してシミュレーションを行ないました。
その結果が、図4(1年間の合計値)と図5(夏のピークと冬のピークの1週間について1時間ごとの日本全体の需給)です。図5を見ていただくと、1時間ごとの需要を、様々な自然エネルギーが満たしていることがわかります。ちなみに、需要、自然エネルギー発電パターンともに、2022年度のパターンを使っていますので、日本の気象や需要パターンを反映しています。
図 5 2022年度実績と電力システムシミュレーション結果(2035年度)の電源構成
夏には、太陽光の発電量が多くなります。日中余った分を蓄電池に貯めて、夕方以降使います。冬には太陽光の発電は減りますが、風力は増えます。夏ほどではない日もありますが、蓄電池は相変わらず活躍します。
図 6 夏のピーク・冬のピークを含む1週間の1時間ごとの電力供給:2022年度実績とシミュレーション結果(2035年度)
日本でも、自然エネルギー80%によって供給することは可能であることを示すことができました。
誤解:蓄電池や送電線整備コストが高くなるのか?
前出の図1に示すように、太陽光や風力(特に陸上)のコストは安くなっています。蓄電池をたくさん入れて、北海道や東北でたくさん入る風力を東京や関西に送るのに送電線の増強が必要で結局コストが上がるのでは?という疑問も湧くでしょう。
蓄電池のコストは劇的に安くなっています。図6はアメリカのロッキーマウンテン研究所による蓄電池コストの実績と予測です。kWhという単位で100ドル、1ドル150円とすると1万5000円まで下がっています。日本では独自の規格などもあり、三菱総研の調査[6]では約4万円/kWhというデータもありますが、グローバルなコモディティなので現状よりは確実に下がっていくことが予想されます。
図 7 蓄電池コストの実績と予測
出典:RMI (2024) The Cleantech Revolution
風力発電を大量に活用するなら、これから洋上風力の開発が進む北海道・東北から東京などの大需要地をつなぐ連系線の増強が重要です。ただし、これには時間がかかるので、当面は蓄電池と太陽光・陸上風力で自然エネルギー比率を上げていき、洋上風力が増えてきた頃には連系線が出来上がっているといった、タイムラインを踏まえた戦略が重要になってくるでしょう。
自然エネルギー財団の試算の前提では、電力広域的運用推進機関(OCCTO)マスタープランよりも、北海道-東京間の連系線を増強することを見込んでいます[7]。それでも、自然エネルギーのコストの低さによって、発電コストはウクライナ侵攻によるガス価格高騰の前の水準レベルに収まるという計算になりました。図8の「シナリオ」と書いてある右側の2つが、今回計算した2035年80%自然エネルギーシナリオの発電コストです。一番右は発電コストだけでなく、系統増強コストを加えたものです。10年で投資分を回収するというコストが高くなりやすい想定でも、0.7円/kWhとなりました。
図 8 2035年80%自然エネルギーシナリオの発電コスト(右の2つ)と実績の比較(円/kWh)
出典:2019年度および2020年度については、経済産業省資料における発電部門市場規模10.1兆円を送電端発電電力量で割った値である。2023年度については、電力取引報にて報告されている全社売上金額合計(18.9兆円)から推定託送料金収入(4.6兆円)を引き、小売電気事業者全体で1兆円の経費がかかると想定した数値を送電端電力量で割った値
しかも、あたり前ですが、今回のウクライナ侵攻後のようなガス価格高騰の影響を受けにくくなります。図4に示す通り、2022年度実績では化石燃料比率が7割を超えますが、これが2割となるので当然発電コストが高騰する度合いが減少します。海外からガスや石炭を購入する費用も小さくなるので、最近までの円安や、それこそウクライナ侵攻によるガス価格高騰のようなことがあっても、電力価格への影響は小さく済むでしょう。
自然エネルギーが安い今こそエネルギー自給率を上げるチャンス
今の議論において脱炭素化のエースとして上がっている原子力(新設)、“ゼロエミッション火力”のコストは高いことが指摘されており、また原子力の燃料であるウランは海外に依存しています。CCSは日本よりも東南アジアへの輸出の規模が大きくなる見込みです。アンモニアや水素も、グレー水素ではCO2が出つつ海外に依存するし、グリーン水素を輸入するにしても、自給率は下がるでしょう。今、自然エネルギーの大量導入に舵を切れば、あふれでる自然エネルギーの残りで、国産グリーン水素ができる可能性が出てきます。
脱炭素化の賢い戦略は、1) まずは安くなった太陽光・風力を最大限入れ、2) あふれた分で国産水素を作り鉄や長距離輸送に活用、というものではないでしょうか。
図9には、経済性と自給率という2つの軸で、各種脱炭素技術をマッピングしてみました。右上が“コストが低くて自給率が高い”ゾーンです。ここの象限に入りえる技術を最大限使うことが、エネルギー安全保障と言えるのではないでしょうか。
図 9 脱炭素技術について経済性と自給率に基づいたマッピング(イメージ図)
エネルギー政策こそ戦略的思考が必要
太陽光や蓄電池、そして洋上風力までも、中国製の安さには目を見張るものがあります。エネルギーは安全保障であり、海外製に頼るべきではないという議論もあります。しかし、太陽光や風力は一度設置すれば、国産エネルギーを生み出すインフラとなります。例えば、コントロールを担うパワコンなどは日本製にし、パネルや電池は安い中国製の活用も除外しないというしたたかな姿勢が戦略的なのではないでしょうか。
欧州のように電池の製造の際の環境影響や人権への配慮をルール化し、不当に安いものを買ってはいけないというルールも重要でしょう。また、国産比率目標を設定し、例えば3割といった目標を設定することも検討に値します。
いずれにせよ、完璧なエネルギー源はありません。何を大事にして、どう組み合わせていくのか、最新の動向を踏まえない古いイメージではなく、最新の事実に基づいて戦略的に国の重要なエネルギー政策を決めることこそ、安全保障上重要なのではないでしょうか。
太陽光や風力を中心とした電力供給をなんとかやろうと世界各地で頑張った結果、イノベーションが起きています(表2)。“新しい常識”に基づいたビジネスこそ、世界に市場が開かれているのではないでしょうか[8]。
表 2 電力システムについてこれまでの常識と新しい常識
傍観者になってはいけません、声をあげましょう
このままでは、他の国では国が主導して安くなった太陽光や風力を最大限導入するための施策を打っているのに、日本だけ原子力の増設というコスト高の政策が目玉となる次期エネルギー基本計画が決まってしまうでしょう。再稼働はまだ低コストかつ時間もそれほどかからないでしょうが、1割も供給できない見込みです。原子力発電所の新設は高いだけでなく、最低でも20年はかかります。
最短で2045年に新設原子力発電所が稼働するまでの間、日本は電力の排出原単位が高い国として、グローバルサプライチェーンの中で好んで調達されない国になってしまう恐れがあります。そうすると、日本を出ていく企業も多くなってしまうのではないでしょうか。
様々な方法で政策に意見を述べてください。気候変動イニシアチブ(JCI, Japan Climate Initiative)などに参加して提言に署名をしたり、皆さんが所属する業界団体として意見を出したりしてください。地元の政治家に意見を言うのもいいでしょう。私は福島第一原発事故の際、傍観者も責任がある、声をあげていかなくてはいけない、と反省しました。
G7や主要国の電力部門の脱炭素化目標がどんどん更新されています(表3)。G7としては、2035年に電力部門の完全脱炭素化が規範となっています。何度も言いますが、原子力では間に合いません。せっかく世界中で頑張って安くなった太陽光と風力を最大限活用して、自給率を上げ、電力コストを下げながら、日本が自然と共生した豊かな国となる、そんなエネルギー基本計画に向けて、声をあげましょう。
表 3 主要国の電力部門脱炭素化目標と2023年実績
注)実績と2030年目標は発電量に占めるシェアを示している(ドイツの2030年目標を除く)。
注)EUの2030年目標は電力シェア換算では約69%とされている(REPower EU Plan、 2022年5月)
注)なお、欧州委員会は2024年2月に2040年削減目標(1990年比90%削減)を提案しており、提案と同時に公表された影響評価文書では2040年の自然エネルギー電力シェアは約90%との分析結果が示されている。
出典)自然エネルギー財団「統計|国際エネルギー」(2024年3月22日更新)ならびに各国政府資料等を基に作成(別添リスト参照)
[1] 自然エネルギー財団「エネルギー基本計画の論点」資料のp.6〜7にファクト情報がまとめてあります。ぜひご覧ください。
[2] BloombergNEF 「日本のアンモニア・石炭混焼の戦略におけるコスト課題」(2022年9月) (アクセス日:2024年9月15日) 本文献では、脱炭素手法として比較した場合、CCSを十分につけて製造したアンモニアを燃焼する火力発電は、蓄電池をつけた太陽光発電よりも、2030年時点でも2倍以上のコストとなる見込みであることが示されている。
[3] ポテンシャル推計値はAC(直流)ベースであり、交流ベースにする場合は約1.3倍となります。電力需要の値は交流ベースです。
[4] アイルランドは風力が多いですが、その分蓄電池を含めて様々な対策が発展してきています。
[5] ただし、「3. 需要側の柔軟性を上げる」対策はシミュレーションソフトが対応できていないので、「1. 組み合わせる」と「2. 供給側の柔軟性を上げる」のみを考慮しています。今後分析ソフトウェアについてアップデートをし、考慮できるシミュレーションを行うべく開発を勧めています。
[6] 出典:経済産業省、「定置用蓄電システムの普及拡大策の検討に向けた調査報告書」
[7] 自然エネルギー財団、「2050:自然エネルギーによる脱炭素化のための送電網のあり方」(2024年)において、PROMODを用いて費用便益分析を行った結果、2050年の自然エネルギー比率を50-60%ではなく100%を目指す場合、北海道-東京間の連系線容量について、現行マスタープランよりも増強することが費用便益的に良いという結果となった。今回のシミュレーションではこの分析結果を用いている。
[8] 日本の審議会などでは、慣性や同期化力のために火力は不可欠という伝統的電気工学に基づく議論が行われていますが、既に世界中で自然エネルギーを中心としながらも電力システムを安定化させることへの取り組みが進んでいます。詳細は自然エネルギー財団コラム「「慣性力」問題の誤解を解く太陽光・風力・蓄電池は系統周波数の安定に貢献できる」にまとめてあります。ぜひご覧ください。
本研究は自然エネルギー財団として行ったものですが、結果の解釈を含む記載内容には報告者個人の見解に基づくものも含まれ、それらは自然エネルギー財団の公式見解ではありません。
自然エネルギー財団 シニアマネージャー 高瀬香絵