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人新世における地球と人類 - 私達は次の世代に何を残すのか?(第3回)

 

3.持続可能な世界への戦略 - 社会・経済システムの転換

 

前二回で、既に相当にまずい状況にある地球システムが制御不能になる危機が近づいていることを説明した。私たちがやるべきことは明らかだ。危機の原因である巨大な環境負荷を生み続けるこれまでの社会や経済のあり方の根本的な転換である。今回から、この「社会・経済システムの転換」を説明する。

社会・経済システムの転換(総論)

地球環境危機の回避のために社会や経済の変革が不可避なことを疑う人は少ない。一方、そのやり方の議論は、利害関係も絡まって百家争鳴だ。以下では、特に議論されている分野について、私なりに整理してみる。

図表①の通り、社会・経済システム転換の全体像は3つのレベルに整理できる。

まず、「物質的システム」は、直接的に環境負荷を生む経済や産業の仕組みである。特に、負荷の大きな原因であるエネルギー、食料、生産/消費(資源循環)、都市の4領域を持続可能な形に転換することが、危機回避のための一丁目一番地である。

次の「社会的システム」は、物理的システムのあり様を決める社会の制度や枠組みである。主なものに、政策(税・補助金、規制など)、社会制度(市場、政治システム、企業統治、等)、金融(資金=資源の配分)、科学技術などがある。これらを、物理的システムの大転換を支え促す形に変える必要がある。

そして、「人間的基盤」とは、この2つのレベルの基礎をなす社会を構成する人々の内面や行動のあり様をいう。様々な分野で広い視野・公共心・勇気を持ったリーダーシップが発揮され、それに刺激されて人々の認識・価値観・行動が変わり、国家や多様なステークホルダーによる人類の共通利益を守るための協調行動が大きなうねりとなることが、地球規模の社会・経済システムの大転換を可能にする。

このような社会・経済システムの総体を大きく転換するには、利害関係、技術や資金の限界など、様々な困難が伴う。しかし、人類社会には、科学的・社会的知見や技術の蓄積のみならず、共有する価値や連携のチャネルなど、この至難のミッションを達成できる力があると信じたい。

次に、各物理的システムについて、少し詳しく述べる。

 

図表① 持続可能な世界に向けた社会・経済システム転換のイメージ

真に持続可能な世界に向かうには、人間の内面や行動を含む社会・経済の全体を、整合的に転換する必要がある。

(作成:谷淳也)

 

4つの物理的システム(エネルギー、食料、生産/消費、都市)の転換

 

エネルギー・システム:地球温暖化の抑止には、人為的な温室効果ガス(GHG)排出の3/4を占める二酸化炭素(CO2[1]の主な源である化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の利用を止め、エネルギー・システムを脱炭素化しなければならない。

技術的・経済的な観点から見て、現在、合理性のある脱炭素化へのアプローチは次の4つである。まず、①エネルギー効率を最大限に改善する(省エネ)。その上で、②2050年までに主要エネルギー源を自然エネルギー(電力)にシフトする。但し、③電化が困難な分野(一部の輸送や高熱源等)では水素やバイオ燃料を補完的に使う。また、④CO2濃度を下げるために森林や土壌など自然の炭素貯蔵機能を回復する。

一方、原子力は政治的不確実性が高く、炭素除去技術(CCSCCU)も(技術開発が進めば使えるかもしれないが)まだ規模とコスト面で不安が大きいため、いずれも現時点では当てにしにくい方法である。

エネルギー・システムの脱炭素化は、目指すべき方向と取るべきアクションがおおむね明らになっている。あとは、利害調整と投資(つまり実行)を、勇気をもって実行できるかどうかである。

食料システム:食料システム(特に農業)は、人為的GHG排出の1/4を占め、生物多様性喪失の最大要因となるなど、実は、地球環境の最大の脅威である。世界中の森林が、農地や牧草地に大規模に改変されている。世界に大豆や牛肉を供給するために、アマゾン熱帯雨林が焼き払われる光景を見た人も多いだろう。大量の化学肥料(窒素・リン)が、河川や沿岸を富栄養化して無酸素水域を広げ、土壌を劣化させている。農薬が、害虫以外の生物も大量虐殺し生態系を攪乱している。過度の取水が、淡水を枯渇させている。家畜の排泄物やげっぷからのメタンは強力なGHGである。

一方、食料システムは環境劣化に対し脆弱で、気候変動や淡水不足、土壌劣化、漁業資源枯渇などによる将来の食料不足が懸念されている。食料システムは、自分で自分の首を絞めているのだ。また、食料は人の健康と社会的安定の基盤でもある。世界では、飽食による成人病の蔓延(先進国)と数億人の飢餓(アフリカ、南アジア)が並存する。アフリカや中東での紛争の多くで、食料不足や土地や水を巡る争いが根底にある。

このように地球環境と社会の両面で重大で複雑な問題をはらむ食料システムを持続可能にすることは、脱炭素化と並んで人類社会の最大の課題だ。それには、食料バリューシステム全体の転換を要する。一次生産段階では、まず森林の農地転換を止める必要がある。また、化学肥料と農薬を大量に使う慣行農法から、自然の有機物で土壌を豊かにし生産性を上げる環境保全型農法に転換することも必要だ。海では、魚の乱獲防止と資源管理が喫緊の課題である。

加工・流通・消費段階では、まず食料生産量の1/3にもなる食品廃棄やロスを減らさなければならない。また、近時、研究と実践が進むのが食生活の転換だ。環境と健康の両方への負荷が大きい肉(特に牛肉)から、両方に優しい植物(穀物、野菜、果物)や魚(持続可能に供給されるもの)にシフトする必要がある。代替肉や昆虫食など、新しい食品の開発と販売もそれに一役買うと期待されている。

生産・消費システム(循環型経済への転換):人間活動からの環境負荷をなくすには、地下資源や化石エネルギーを大量に使って大量廃棄・排出を伴う従来の「直線型経済」を、循環可能な資源やエネルギーの利用法による循環型経済(Circular Economy, CE”)に移行する必要がある。前述のエネルギーや食料のシステム転換も、このCEへの移行の一部といえる。

資源・エネルギーの流れには、(1)自然エネルギーや生物資源のように再生可能(renewable)な分野(図表②の左側)と(2)石油や鉱物のような有限(finite)な分野(同右側)がある。(1)では、自然の力(太陽エネルギーがすべての源)で資源・エネルギーを循環させ、地球環境のバランスを崩さずに様々な便益を生み続けることができる。バイオテクノロジーは、それを補強する科学技術だ。(2)では、数千万~数億年かけて蓄積され人類の時間軸では再生不能な資源を使うので、どうしても今の地球の状態を変えてしまう。

CEの基本は、まず有限な資源・エネルギーの分野(2)を減らし、できる限り再生可能なサイクル(1)へシフトすることである。再生可能エネルギーや環境保全型農業、プラスチックや金属からバイオ素材への移行はこれに当たる。次に、再生可能な分野で、できるだけ資源・エネルギーの自然な流れとバランスを壊さない仕組みを作る必要がある。どうしても残る有限資源の分野では、3Rreducereuserecycle)を徹底して新たな資源投入と廃棄・排出を極力に減らすようにする。ここでは、シェアリング・エコノミーや中古品利用を促す新しいビジネスも貢献する。いずれにしても、CEの実現には、製品からビジネスモデルまで、経済フローの全体をデザインし直す必要がある。

図表② 循環型経済システムの概念図

蝶の形の左が再生可能、右が有限(再生不能)な資源・エネルギーのフローを表している。

(出典)Ellen MacArthur Foundation, Circular economy systems diagram (February 2019)

 

都市システム:人口と経済活動がますます集積する都市部[2]は、生産・消費活動を通じて様々な環境負荷が集中的に生じる場所である。その「場」のシステム、特にインフラと経済活動の仕組みの転換は、前述のエネルギー、食料、CE3つのシステム転換の重要な部分と重なる。

まず、エネルギー分野では、住宅・ビルの断熱化や太陽光による自前の発電、輸送における公共交通や自転車の活用やEV普及などによって都市の脱炭素化を進めることができる。プラスチックや金属スクラップなど産業・生活廃棄物(有限資源)あるいは食品廃棄物・ロスや排泄物(再生可能資源)の回収と再利用のインフラと制度を整えることで、資源循環を推進し、食料システムの環境負荷を削減することができる。また、住宅のみならずビル建築への木材利用を拡大すれば、都市をより大きな炭素貯蔵庫にできる。

同時に、市民がライフスタイルを転換することも(資源回収への協力、リモート勤務拡大、公共交通や自転車の利用、より季節に合った服装への転換など)、システム転換の効果を高めるために重要である。

都市システムの転換は、防災強化(太陽光の分散型電源拡充等)、高齢者にも使いやすい公共交通や自転車専用レーン、きれいな空気、都市内生態系の回復など、生活を安心で快適なものにする機会にもなる。

 

以上説明した4つの物理的システムは互いに重なり関係し合っており、その転換は、利害関係や政治的な思惑を排し、合理的・整合的にアプローチすることを可能にする社会の制度や仕組みを前提として可能になる。次回は、その社会的システムについて説明する。

 

[1] 人為的な温室効果ガス排出の内訳は、CO276%、メタン16%、一酸化二窒素6%、フロン等2%(CO2換算ベース・2014年)

[2] 都市部の人口は、1950年の約30%から2018年には約55%に増え、2050年には70%近くに達するとされる(国連・世界都市人口予測・2018年)。