はじめに
前回のコラム「第1回: CCS入門 – 技術と基本概念」では、CCS(二酸化炭素回収・貯留)の概念、仕組み、メリットと課題、そして地球温暖化対策における役割と期待について解説しました。CCSが、特に削減困難な産業からのCO₂排出を大幅に削減する可能性を秘めた技術である一方で、コストや安全性、社会的受容性など、本格的な普及には多くの課題が存在することをご理解いただけたかと思います。今回のコラムでは、それを踏まえ、内外におけるCCSの具体的なプロジェクトや将来展望などについて解説していきます。
苫小牧CCS大規模実証試験
日本では、CCSの実用化に向けて、長年にわたり研究開発と実証試験が行われてきました。その中でも特筆すべきは、北海道苫小牧市で実施された大規模実証試験です。これは、日本CCS調査株式会社(JCCS)が経済産業省とNEDOから受託して実施しました。目的は、分離・回収から貯留までのCCS全体を一貫システムとして実証することです。2012年から準備期間を経て、2016年4月からCO₂圧入を開始し、2019年11月に目標量である累計30万トンのCO₂圧入を完了しました。本事業により、CCS一貫システムの操業や安全・環境管理、各種モニタリングなどを通じて、CCSが安全・安心なシステムであることが確認できました。また、継続的に国内外へ情報発信を行うことで理解促進につながりました。そして、商業ベースでのCCS事業展開には、さらなるコスト低減、法制度の整備、社会的受容性の醸成が不可欠であることが改めて認識されました。
CO₂船舶輸送実証事業
苫小牧実証試験では行われなかった、CO₂の輸送に関する実証事業が行われています。CCS を社会実装するうえで、排出源と貯留適地が離れている日本では 液化 CO₂ を安全かつ低コストで長距離輸送する技術が不可欠です。この課題に取り組むため、NEDO は 2021~2026 年度の委託事業として「CO₂船舶輸送に関する技術開発および実証試験」を行い、関西電力舞鶴発電所で排出されたCO₂を液化し、専用船で北海道の苫小牧まで輸送、陸揚げするまでの一貫した輸送システムの経済性と安全性を実証しています(2024年度から年間1万トン規模のCO₂を輸送。)。この実証を通じて、液化CO₂の安全な輸送・荷役技術や運用ノウハウを確立し、将来の国際的なルール形成に貢献することを目指しています。また、2024年8月に、2028年以降の国際間大規模液化CO₂海上輸送実現を目標に、日本の海運・造船大手7社が液化CO₂輸送船の標準仕様・標準船型確立に向けた共同検討を開始しました。
日本のCCS政策と制度整備
日本政府はCCSを地球温暖化対策の重要な柱の一つと捉え、その導入に向けた長期的な戦略と具体的な目標を設定しています。
・カーボンニュートラル目標達成に向けたCCSの位置づけ:
「第7次エネルギー基本計画」や「GX推進戦略」において、CCSバリューチェーン全体への一体的な支援や投資促進、GX‐ETSやJ‐クレジット、長期脱炭素電源オークションなど他の制度との連携、エネルギー・GX産業立地の議論との連携などが明記されています。特に、火力発電のゼロエミッション化や、鉄鋼・セメント・化学といった産業の脱炭素化において、CCSが重要な役割を担うとされています。
・CCS長期ロードマップ:
経済産業省は、CCSの本格的な導入に向けた道筋を示す「CCS長期ロードマップ」を2023年3月に策定し、2030年までのCCS事業開始に向けた事業環境整備を政府目標として明確に掲げました。重点施策として、CCS事業法の整備、コスト低減、適地調査などが挙げられています。特に、2050年におけるCCSのコスト目標を2023年比で、分離・回収は4分の1以下、輸送は7割以下、貯留は8割以下、と設定しています。
・CCS事業法の成立:
2024年5月には「二酸化炭素の貯留事業に関する法律(CCS事業法)」が成立しました。これは、CCSバリューチェーンのうち主に貯留事業に関する包括的な法的枠組みを定めるもので、主な内容は「貯留事業の許認可」と「貯留事業者への規制」です。指定された特定区域ごとに貯留事業者が募集され、許可された事業者に試掘権または貯留権が設定される仕組みが規定されています。
・「先進的CCS事業」の選定と支援:
経済産業省は、2030年までのCCS事業開始を牽引するモデルケースとして、2024年6月にJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)を通じて9つの「先進的CCS事業」を選定し、重点的な支援を開始しました。これらのプロジェクトは、発電、鉄鋼、セメント、化学といった多様な産業をカバーし、北海道から九州までの主要工業地帯の排出に対応します。また、9案件のうち4案件はマレーシアや大洋州での海外貯留を計画しており、国内貯留と海外貯留を両輪で進める日本の戦略が明確に示されています。
出典:経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/carbon_management/ccs_wg/pdf/001_05_00.pdf
CCS長期ロードマップ
出典:経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/pdf/20230310_1.pdf
世界のCCSプロジェクト動向
地球規模でのカーボンニュートラル達成に向け、CCS技術への期待は国際的に高まっており、各国で様々なプロジェクトが計画・実行されています。市場規模としても、CCS関連技術やサービスへの投資は拡大しており、今後数十年間で巨大な市場へと成長すると予測されています。ここでは、世界のCCS導入状況と主要国の動向について概観します。
・米国: CCSプロジェクトに対して世界で最も手厚い支援策を講じている国の一つです。特に注目されるのが「45Qタックスクレジット」と呼ばれる税額控除制度で、CO₂を地中貯留した場合や有効利用した場合に、1トンあたり数十ドルの税額控除が適用されます。エネルギー省(DOE)も大規模な実証プロジェクトやパイプラインインフラ整備への資金提供を積極的に行っています。
・欧州: EUは「欧州グリーンディール」のもと、2050年カーボンニュートラル達成を目指しており、CCSをそのための重要な技術と位置づけています。英国は、産業クラスターの脱炭素化戦略の中核にCCSを据え複数のCCSクラスターの形成を支援し、プロジェクトへの資金援助やCO₂輸送・貯留インフラのビジネスモデル構築を進めています。ノルウェーは、CCS技術開発の先進国であり、北海の大陸棚でのCO₂貯留事業など、長年にわたり実証プロジェクトに取り組んできました。
・アジア: 中国は、世界最大のCO₂排出国であり、カーボンニュートラル目標達成に向けてCCSの重要性を認識し、国内でのプロジェクト推進や技術開発を進めています。インドネシアやマレーシアでは枯渇油ガス田などを活用したCO₂貯留ポテンシャルが注目されており、日本などとの国際連携によるCCSプロジェクトの検討が進められています。
CCSの国際連携
CCS技術のグローバルな普及とコスト低減のためには、国際的な協力体制の強化と、技術や安全基準などの標準化が不可欠です。知識や経験の共有、技術の共同開発、CO₂の越境輸送・貯留に関する国際的なルール作りなどが進められています。
・アジアCCUSネットワーク:
日本政府が提唱し、ASEAN諸国を中心にアジア地域におけるCCUSの知見共有や能力構築、共同プロジェクト形成などを目的としたプラットフォームです。参加国間の協力を促進し、アジア地域でのCCUS導入を加速させることを目指しています。
・クリーンエネルギー大臣会合(CEM(Clean Energy Ministerial))、ミッション・イノベーション(MI(Mission Innovation)):
国際的な枠組みの中でも、CCSは重要な協力分野の一つとして議論されています。
・二国間クレジット制度(JCM(Joint Crediting Mechanism))の活用:
海外CCS事業の付加価値向上のため、CCS事業での二国間クレジット制度(JCM)活用に向けたパートナー国との協議が進められています。JCMを通じてCCS事業による温室効果ガス排出削減効果を日本のカーボンニュートラル目標達成に貢献させる仕組みの構築が検討されています。
CCSの将来展望
世界のCCS市場は急速に成長しており、2030年代には数兆円規模の巨大市場形成が予想されています。日本では2030年までに年間貯留量600~1,200万トンの事業規模を目標とし、関連産業への投資額は数千億円規模に達する見込みです。政府は「GX推進戦略」に基づき、今後10年間で150兆円超の官民GX投資の実現を目指しており、その原資となるGX経済移行債(約20兆円規模)の重点投資分野の一つにCCSが位置づけられています。電力、石油、鉄鋼など幅広い業界から民間投資も活発化し、カーボンニュートラル実現の重要技術として期待が高まっています。政府もエネルギー・GX産業立地政策と連携したCCS投資促進策を検討し、産業競争力の維持・向上とCCS事業の両立を図っています。
世界各国でプロジェクトが加速する一方、コスト削減、安全な技術の確立、社会的な信頼醸成といった課題も山積しています。CCSは一朝一夕に実現できる技術ではなく、着実な技術開発と社会実装への継続的努力が必要です。CCSは省エネルギー推進や再生可能エネルギー導入を前提とした上で、削減困難な分野の排出量を補う重要な選択肢として位置づけられ、カーボンニュートラル実現に向けた重要な技術として期待されています。
2回にわたる本コラムが、皆様のCCS技術へのご理解を深める一助となれば幸いです。持続可能な未来の実現に向けて、私たち一人ひとりがエネルギー問題や環境問題に関心を持ち、建設的な議論を重ねていくことが、今まさに求められています。