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CCSについて「第1回: CCS入門 – 技術と基本概念」

はじめに
 地球温暖化対策として世界各国が2050年カーボンニュートラルの実現を目指す中、二酸化炭素(CO₂)排出量の大幅削減が急務となっています。再生可能エネルギーの導入拡大や省エネルギー技術の普及だけでは対応しきれない産業分野からのCO₂排出に対して、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)技術が注目を集めています。
 CCSは、工場や発電所などから排出されるCO₂を大気中に放出する前に回収し、地中深くに安全に貯留する技術です。この技術により、産業活動によって排出されるCO₂を大幅に削減でき、地球温暖化の抑止につながる取り組みとして大きな期待が寄せられています。
 本コラムでは、CCS技術の基本概念から仕組み、関連技術、そして各国の取り組み状況まで、2回に分けてCCSの全体像を分かりやすく解説いたします。

第1回: CCS入門 – 技術と基本概念
第2回:CCSの実証事業と各国の動向

CCSとは何か
 CCSとは、Carbon dioxide Capture and Storage の頭文字を取った略称で、「二酸化炭素回収・貯留」技術を指します。具体的には、火力発電所や製鉄所、セメント工場、化学工場といった大規模なCO₂排出源から排出されるガスの中からCO₂を分離・回収し、パイプラインや船舶などで輸送した後、地下深くの地層に圧入して長期間貯留する一連の技術プロセスです。
 この技術の目的は、大気中に放出されるはずだったCO₂を地中に封じ込めることで、地球温暖化の進行を抑制することにあります。特に、鉄鋼、セメント、化学など、製造プロセスそのものからCO₂が大量に排出されるため排出量を大幅に削減することが難しい(Hard-to-abate)セクターにおいて、現実的かつ効果的な対策として注目されています。

CCU、CCUSとの違いと関連性
 CCSとよく似た言葉に、「CCU」や「CCUS」があります。これらは互いに関連していますが、意味合いが異なりますので、ここで整理します。

 ・CCU (Carbon Capture and Utilization:二酸化炭素回収・有効利用) :
 CCUは、分離・回収したCO₂を貯留するのではなく、新たな製品や燃料、化学品などの原料として「有効利用」する技術です。例えば、CO₂を原料としてコンクリート製品を製造したり、メタノールやプラスチックなどの化学品を合成したり、微細藻類を培養してバイオ燃料を生産したりする技術などが研究・開発されています。

・CCUS (Carbon Capture, Utilization and Storage:二酸化炭素回収・有効利用・貯留) :     CCUSは、CCSとCCUを組み合わせた概念で、分離・回収したCO₂を有効利用するか、あるいは貯留する技術全般を指します。つまり、回収したCO₂の処理方法として、利用と貯留の両方の選択肢を包含する、より広範な枠組みと言えます。

 CCSはCO₂を地中に「貯留」することに特化した技術であるのに対し、CCUはCO₂を資源として「利用」する技術です。また、経済的な側面に注目すると、両者には明確な違いがあります。CCUは回収したCO₂を化学品や燃料などの有償の製品に転換し経済的価値を生み出すことを目指す一方、CCSはCO₂を排出しないための対策であり、それ自体は直接的な収益を生まないので、炭素税や排出量取引などのカーボンプライシングも合わせて検討されています。そしてCCUSは、これらの両方を含む包括的なアプローチです。近年では、CO₂削減だけでなく、資源循環や新たな産業創出の観点からも、CCUS全体への関心が高まっています。

※    DAC (Direct Air Capture):
CCSのように排出源からのCO₂回収ではなく、大気中から直接CO₂を回収する技術です。大気中のCO₂濃度は非常に低いため(約0.04%)、工場排ガスなどからの回収に比べて技術的な難易度が高く、コストも高くなります。
 DACで回収したCO₂を地中に貯留するDACCS(Direct Air Capture with Carbon Storage)も、過去に排出されたCO₂を大気中から除去できる「ネガティブエミッション技術」として、カーボンニュートラル達成後のさらなる気候安定化や、どうしても排出削減が困難な分野の残余排出量を相殺する手段として、BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)とともに近年注目されています。


CCSのバリューチェーン
CCSは、大きく分けて「分離・回収」「輸送」「貯留」という3つのプロセスから構成される一連の技術システムです。

分離・回収:工場や発電所などの大規模排出源で、排出ガスの中からCO₂だけを選択的に分離し、高濃度のCO₂ガスとして回収します。CCSプロセス全体のコストの過半を占め、化学吸収法(アミン水溶液など)、物理吸収法、膜分離法などコスト削減に向け様々な技術開発が行われています。

・輸送:分離・回収された高濃度のCO₂を、パイプラインや船舶などを使って、貯留に適した場所まで運びます。主な輸送手段としては、パイプラインと船舶があり、前者は気体または超臨界流体状態での輸送で長距離・大規模輸送に適し、後者はパイプラインの敷設が困難な長距離輸送や複数排出源からCO₂を集めて大規模な貯留地点へ運ぶ場合に適しています。

・貯留:輸送されたCO₂を、地下深くにある貯留層に圧入し、長期間にわたって安定的に封じ込めます。地下深部への帯水層貯留の他、枯渇した油ガス田を活用することで貯留信頼性や経済合理性を高めるEOR(Enhanced Oil Recovery)やEGR(Enhanced Gas Recovery)といった技術と組み合わせているところもあります。

 これらの各段階には、それぞれ異なる技術やノウハウが必要とされ、安全性と経済性を両立させるための様々な工夫が凝らされています。貯留後は、CO₂の挙動や周辺環境への影響を監視するモニタリングが継続的に行われます。

CCSのメリットと課題
 CCSは地球温暖化対策の重要な施策として期待される一方、克服すべき課題も抱えています。ここでは、CCSの主なメリットと課題について整理します。

・CCSのメリット:
 CCSの最大のメリットは、発電所や産業プロセスから排出されるCO₂を大幅に削減できる点です。特にCO₂多排出産業や化石燃料に依存せざるを得ない発電部門において、大規模な排出削減を実現する有力な手段となります。また、CCSは既存の火力発電所や工場などに後付けで導入することも可能(レトロフィット)ですので、社会全体の移行コストを抑制し段階的に脱炭素化を進めることができるという利点があります。さらに、CO₂の分離・回収や輸送・貯留、モニタリングなど、バリューチェーン全体を通じて技術開発競争や新たな産業・雇用創出も期待されます。

・CCSの課題:
 一方で、CCSの本格的な普及に向けては様々な課題も存在します。最大の課題はコストの高さです。CO₂の回収・輸送・貯留の各プロセスには多額の初期投資と運転費用が必要となります。また、安全性や環境影響に対するモニタリングや周辺住民の理解と協力、長期的な運営責任体制など含む法制度の整備なども欠かせません。


CCSへの期待と限界

 CCSはCO₂排出を大幅に削減できる可能性を持つ技術であり、特に排出削減が困難な産業分野や、化石燃料への依存が避けられない状況において、カーボンニュートラル実現に向けた重要な選択肢として注目されています。「第7次エネルギー基本計画」(2025年2月閣議決定)では、2030年までにCCSで年間貯留量600~1,200万トンの確保に目途を付けることを目指しています。これは、日本の2023年度CO₂排出量約9.9億トンの約0.6~1.2%に相当し、鉄鋼部門(約 1.2 億 t-CO₂/年)の 5〜10 %、セメント部門(約 3,000 万 t-CO₂/年)の 20〜40 % を一括で吸収・貯留し得る規模です。また、2050年時点では10倍以上の年間約1.2~2.4億トンのCO₂をCCSで貯留する目標であり、これは排出CO₂の約2割に当たり、日本のカーボンニュートラル実現に向けてCCSが果たす役割の大きさを示しています。

 一方で、高コストや技術的課題、安全性や環境影響への懸念、社会的受容性の確保といった、本格的な普及に向けた多くの課題も残されています。特に安全性や環境影響については皆様の関心も高い点かと思います。一つは、貯留したCO₂が将来的に漏洩するリスクです。万が一漏洩した場合、周辺の海洋環境などに影響を与える可能性が懸念されます(IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書などによれば、1970年代から世界各地で実施されているCO₂貯留において、これまでに地表や海底からの漏洩事例は報告されていません。)。もう一つは、高圧のCO₂を地中に圧入することで地下の圧力バランスが変化し、断層の活動や地震を引き起こすリスクです。これらの課題に対し、国や事業者は、CO₂を安定的に閉じ込めることができる厚く広大な岩盤(遮蔽層)に覆われた地層を科学的に厳選することや、圧入中・圧入後も圧力や温度、微小な振動を常時監視するモニタリング技術を確立することで、リスクの低減に努めています。  
 
 また、CCSを単独で用いるのみならず、他の脱炭素技術と組み合わせて活用することで、より効果的かつ持続可能な脱炭素化を実現できるという点も重要です。例えば、再生可能エネルギー由来の水素製造(グリーン水素)は発電時にCO₂を排出しませんが、鉄鋼やセメントなどでは、原料や工程の特性上、どうしてもCO₂が発生します。こうした排出削減が難しい分野では、CCSによるCO₂の回収・貯留が効果的です。また、天然ガスから水素を製造する「ブルー水素」の場合、発生するCO₂をCCSで処理することで、低炭素な水素供給が可能になります。さらに、再生可能エネルギーは天候による発電量の変動が大きいため、CCS付き火力発電を組み合わせることで、電力の安定供給とCO₂排出削減を両立できます。

 このように、CCSと他の技術を組み合わせることで、単独の技術だけでは困難な領域の脱炭素化や、エネルギーシステム全体の柔軟性・安定性を実現することができます。CCSの可能性を最大限に引き出すためには、技術開発への継続的な投資、適切な政策支援、そして社会全体の理解と協力が必要です。
 次回のコラムでは、今回ご紹介したCCSの基礎知識を踏まえ、内外における具体的な取り組みや将来展望についてより詳しく掘り下げていきます。

CCS画像➀

https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_tomakomai.html

 

CCS画像➁

出典:経済産業省 
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html